やがて人間の進化へ興味が向かうのですが、その1つのきっかけとなったのが『キネズミさんからヒトがでる』なんです。
──これは1980年に刊行された漫画(井尻正二作/伊東章夫絵)で、人間の進化を描いたじつに味わい深い作品ですね。
海部氏:この本に出会ったのは小学校高学年のときで、なんども読み返しましたね。ユーモラスな漫画ではあるけれど、へんてこりんな人間の先祖たちの中に、実在の古生物学者や地質学者が出てくるあたりが面白かったんじゃないかなぁ。当時、本格的に人類進化学の世界へ足を突っ込んでいる研究者は、日本にまだいなかったんですよ。もちろん、そのときにはそんなこと分かりませんから、こういう世界にあこがれながら、だんだん現実を知っていったという流れですね。
これ、いま見ても面白いんですよ。研究者が興奮している様子やがっかりしている様子が描かれていて。研究者って、発見がいちばんエキサイトする瞬間ですが、それが認められなくて落胆したり──。あらためて見ると、教科書が教えてくれることよりずっと豊かな内容なんですよね。古代人たちの描き方が、もちろん原始的だけれど、解説的な本とちょっと違ってたのしそうなんですよ。じつに生き生きとしている。
──人類学は「人間について探求する学問」であると、御著書の『人類がたどってきた道』(NHKブックス)にもお書きになっています。その探究の道へ、いよいよ進んでいくわけですね。
海部氏:そのために何をするか、それほど意識して進んできたわけではないんですが、大学は人類学教室のあるところを選びました(東京大学理学部生物学科人類学教室)。研究者になることは決めていたけれど、様々な分野の科学書を読み、たとえば脳科学などのオプションも考慮しながら、いろいろな分野の先生を訪ねてみたり……。後悔はしたくなかったですから。
ぼくは人間そのものを探究したい、進化を軸にして人間のことを探りたい、そう思っていた。長い時間軸で俯瞰するような研究をやってみたい、という気持ちを、ずっともっていたんです。実験データの中だけで解釈していくよりも、自分はモノを見たい。それから、フィールドにも出たいし。
大学の教養課程のとき、『日本人の骨』(1963年)を読んだんです。人類学に進もうかどうしようかまだ悩んでいた時期だったのですが、じつに刺激的でしたね。