ぼくの専門は人類進化学で、さらにいえば化石形態から考察するので形態人類進化学でもあります。人骨の化石──その形態から、我々がたどってきた進化の道を解明していくというのがぼくのアプローチですね。もちろん、そのアプローチだけで、人類が何をしてきたか分かるわけじゃない。ぼくは人骨の化石とともに出てくる考古遺物の解釈にも興味があって……。いろいろな分野が複合して、学術的成果が得られるんです。
いまは進化を軸に原人の研究をしていますが、行き着くところはサピエンス。いつもそれを意識していて、原人のことをやりつつ「いまの自分たち」のことを考えたいんです。そういう視点をもっていると、さまざまな着想を得られるのです。
──研究者になられてから衝撃を受けた本の一冊が、ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』(2000年刊)とのことですが。
海部氏:なぜ衝撃を受けたかというと、じつはぼく自身、このような本を書きたいと思っていたんですよ。国立科学博物館の研究員として仕事をし、人間のことをさらに深く考えて、良い着想を得たと思ったら『銃・病原菌・鉄』が出てしまった(笑)。もっとも、ぼくが想定していたよりもずっとスケールが大きくて、こんなふうに描けるのかと、つよい衝撃を受けました。
ぼくらが歴史で習うのは、発展した文明ばかりです。しかし、そうじゃない世界も実際に存在する。それをぼくらは忘れているんだなぁと、人類学をやっていて感じたんですね。どうしてそうなるのだろう……、著者のダイアモンドと、とてもよく似たテーマを考えていたわけです。
人類学を探求している意味を、さらに強く意識しだした頃で、そのときに出てきたひとつの軸ですね。文明だけじゃなく、人間とその文化の多様化の背景も理解したいと。
──フィールドワークというのは、その多様化の背景を探る営みでもあるのでしょうか。
海部氏:フィールドワークでは、まず現地の人たちとの人間関係の構築が重要です。稀少な資料を扱っているので、許可がなければまず仕事はできない。また、現地の人と一緒でないとできない。人類の化石って、どこの国でも国宝級に大事なんですよ。ぼくらだけで勝手に掘るなんて絶対にありえない。交渉事はたいへん多いのですが、ぼくはそういうことは、あまり苦にならないのです。もちろんストレスもいっぱい溜まることがありますが、あとになって振り返るとそうしたことも含めて面白かったなぁと思えます。