「達観」が経営を動かしてゆく
印象的な記述が本書の中程にある。
〈日立再建チームを見るにつけ、感じることがある。一度一線を退いた、あるいは外れた人間が何かの偶然で再度、経営に携わることになった時、そこにはある種の思い切りや大胆さが発揮されるように思えてならない。言葉は悪いが、一度捨てた命、一度は死んだ身。悲壮感ややぶれかぶれというのとも違う、しがらみから解き放たれた「達観」が経営を動かしてゆく。そうでなければ、その後の日立の復活は説明のつけようがない。〉
著者の思いがここに詰まっていると思う。全く同感である。サラリーマンである以上、誰しも出世したいと思うのは当然だろうし、職位が上位になればなるほど、いずれ自分が社長になれるかもしれないと思う者も出てくるだろう。しかし、経営は私利私欲で行うものではなく、ある種の「達観」が牽引してゆくという見方を著者は投げかける。これは本書で繰り返し紹介される川村氏の「社長は『機関』のようなもの。その時にその時代が要請した人物が舵を取るだけで、自分がなりたいとか、あいつがなるべきじゃない、とか言うものではない」という言葉にも通じるものだ。
本書のプロローグに紹介されているが、1999年に急降下して墜落しかかった全日空機に川村氏が偶然、乗り合わせ、非番のパイロットの機転とマニュアルによらない応用動作であやうく命拾いした経験は、10年後の日立の姿と重なっている。危機に陥った飛行機であれ、企業であれ、局面を打開するのは、最後は人の適切な判断と決断なのだ。本書ではこうした印象的なエピソードも多く紹介されている。
全体を通じて日立に寄り添い過ぎていると思える記述も一部に見られるが、取材対象に肉薄した著者の並々ならぬ努力を考えれば理解もできよう。人を描き、組織を描き、歴史を描き、そして巨大組織の全体像を浮き彫りにした一級の企業ドキュメントに仕上がっている。
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