将軍たちが何よりも望んでいるのは、民主的選挙で選ばれた人々ではなく、「有徳の人々」による統治だ。軍事政府はタクシン派との和解に多少関心は示してはいるが、タクシン派の政治家に新憲法の起草や、まして、選挙への参加を許すとは思えない。
一方、タイ国民が望んでいるのは、タイが繁栄する民主国家として東南アジアの盟主になることだが、今のタイは、法の支配、規律ある金融制度、カネの流れの透明性等、将来の繁栄に必要な要素が不足している。将軍たちも法的に不可侵だ。それに、いずれにしても、タイ国民は当面は彼らを大目に見るだろう。しかし、改革を断行し、民主主義を復活させ、タイ社会の亀裂を埋めなければ、軍事政府が自らの統治を正当化できなくなる時がいずれ来よう、と述べています。
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ステレオタイプの、民主主義を復活させるようにとの説教です。長く続いた政治混乱が、タイ経済に若干の悪影響を及ぼしたのは事実かもしれませんが、経済は、総選挙を実施して民主主義に復帰したからと言って直ちに回復するものでもありません。経済は、今後一年半の安定期の間に、時の内外の経済情勢に応じて、漸次正常化するのでしょう。
プラユット司令官による今回のクーデターは、国王の健康不安、皇太子後継の際の危機などを予見して、来るべき危機的な時期に備えて、プレム前首相などの支持を得て、実行されたものであります。公表された通り、この軍事政権は、一年半は続き、あるいは、そのような危機的な過渡期が去るまでは続けられるものと予測されます。
つまり、今回の政権は、短期間の暫定政権と考えずに、かつてタイに何度か存在した長期的軍事政権と考えて、日タイ両国の国益を考慮して、正面から付き合うべき政権と考えられます。1991年のクーデターに際して、アメリカが経済援助を切ったのに対して、日本が軍事政権に援助を継続したことが、現在のタイの繁栄、その後の日タイ関係に寄与したことは否定できません。
タイ情勢は、エジプト情勢との対比で考えてみると有益でしょう。エジプトのシシ軍事政権の成立に対しては、欧米の論調は一斉に批判し、せっかくのアラブの春の成果が失われたと嘆き、これで収まるわけも無く、将来もっと大きな危機を招くだけであろう、と論評していましたが、その後シシ政権は安定し、今回のガザ問題では、仲介の役割を果たしつつあります。今後ともシシ政権は、米国にとって、中東情勢安定の一つの柱となるでしょう。タイの軍事政権についても同様に捉えるべきものと思います。
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