「三正面」に対応しなければならない米国
それだけではない。クリミアやウクライナ東部をめぐり3月から続いているロシアとの緊張関係により、今年5月に発表した「四年毎の国防見直し(QDR)」の中では最も安全保障環境が安定した地域として認定されていたヨーロッパの状況が大きく変わってしまった。しかも、南シナ海や東シナ海での中国の強硬な動きは引き続き目が離せない。つい先月も、米海軍のP-8哨戒機が中国の戦闘機に異常接近を受け、米国が中国に抗議したばかりだ。
第二次世界大戦後、米国の国防政策は基本的に二正面作戦に対応することを前提に策定されてきており、米軍の態勢もその前提で整えられてきた。この態勢が、近年、国家財政状況の悪化で国防予算削減が余儀なくされる状況になってきたために維持できなくなり、1.5正面、つまり大規模な軍事行動を一つの地域で展開しつつ、ほかの地域での小規模な武力衝突に対応できる態勢を目指す流れに移行してきていた。今回、イラクに米軍を再び関与させなければならなくなったことで、米国は外交的には「中東・欧州・アジア太平洋」の三正面に対応しなければならなくなり、国防面でもこの3つの地域にそれなりに説得力のある軍事力を展開しなければならなくなった。予算に制約が課されたままの状態でこのような事態に陥ったため、結果、どの地域においても満足の行く対応ができない結果になるリスクが生じているのである。
問われる「地球儀俯瞰外交」の意味
イラクでは既にイギリス、フランス、オーストラリアが、軍事援助の提供や人道支援の空中投下に参加しており、オーストラリアについては、戦闘任務に就く可能性も含んだ人員のイラク派遣も決めたようだ。中東地域ではサウジアラビアが、米国によるシリア国内の穏健な反体制派に対する訓練の受け入れに合意したと言われている。中国を訪問していたスーザン・ライス国家安全保障担当大統領補佐官も、訪問中に楊潔チ国務委員と会談した際などに、イスラム国への対応について協議したと言われている。このように中東情勢を巡って国際社会の主要国が動き始めている中で日本が何をしているのかを振り返ると、甚だ心もとない。
日本は安倍政権発足以降、「地球儀俯瞰外交」を合言葉に安倍総理が積極的に外遊、岸田外務大臣や小野寺前防衛大臣も積極的に国際会議に出席したり、諸外国とのカウンターバートとの会談を行ったりしてきた。特に安倍総理は、歴代の総理の中で初めて東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国を全て訪問したほか、外遊先は豪、欧州、南アジア、湾岸諸国、中南米などにおよび、アボット豪首相やモディ印首相と密接な個人的関係を構築するなどしている。「顔が見えない日本外交」と言われていたころと比べると雲泥の差だ。
しかし、それにも拘わらず、イラク情勢、さらには今年春から続いているウクライナ情勢をめぐる緊張の中で日本はほとんど存在感がない。このような「今そこにある危機」に日本として主体的に関与することができていないからだ。