ユーロ圏経済の現状と将来にわたる課題を、市場分析ならびにブリュッセル駐在経験をもとに描き出した力作である。ユーロ圏は世界の中でも有数の規模を持つ巨大な経済圏だが、アメリカ経済などと比べて日本から分析している市場関係者は実はあまり多くない。筆者(中村)もロンドンに駐在した経験があるが、当然ながら現地にはユーロ圏経済をウオッチする人々は多いものの、日本に足場を置いて分析を続け、信頼に足る評価を下せるエコノミストは限られる。著者が本書で示した視座から学ぶ点は多い。
ユーロ圏と日本の「共通体験」
ユーロ圏が長期間のデフレに苦しんだ日本と同じような道をたどるのではないかという見方は2013年ごろから金融市場で指摘される頻度が増え始めたような印象があるが、いま思えば著者が「ユーロの円化」説を唱え始めた時期にちょうど重なるのかもしれない。市場関係者の間で共有され、熟成されてきた「欧州は日本化してしまうのか」という懸念に、「考えるヒント」を与えてくれるのが本書である。
実は「日本化」という言葉はそれ以前にも、2011年ごろにはアメリカ経済をも含んで言われていた。「Japanization」(ジャパナイゼーション)という英語で表現された。日本のように長期にわたって低金利政策を続けても、景気低迷とデフレから脱却できない状態にアメリカも陥ってしまうのではないかという懸念を中心とした議論だ。その後アメリカ経済は回復傾向が強まり、その結果、金融緩和の規模はどんどん縮小し、いまや「利上げはいつなのか」とさえ言われる段階になった。一方で日本は、黒田東彦・日本銀行総裁の下で、今も大規模緩和を続けている。そしてユーロ圏では、なかなか景気回復の足取りが見えず、物価が上がらない状況が続き、デフレに陥る危険は目の前にあり続けている。
「ユーロ圏の日本化シナリオはまだ世の中でコンセンサスを得られているものではない」と著者は謙遜するが、内外の多くの市場関係者がそのリスクを感じているのは確かだ。そうした中で欧州がいかに日本化する危機にあるのかを本書は丁寧に説明している。