まずは自身の行動として、「僕は37歳の日本人男性ですが、ベビーカーなどの重そうな荷物を持っている女性を駅構内で手助けすることはあります」と主張。「目の前で困っている人を助けないほど世間知らずではありません。情けは人のためならず、ですからね」。この行動については「ジェントルマン」とも呼べる行動ではないだろうか。
しかし彼は、この主張を「前置き」として次のような“意見”を語り、多くの批判を集めてしまった。
「ベビーカーは親のために開発された「便利な道具」に過ぎませんよね。(中略)当のベビーたちもあの「車」に乗りたいのでしょうか。親からの距離が遠くなって不安だろうし」
「僕には子どもがいないので実感はありませんが、ベビーカーで得をしているのは親たちだけでしょう。どんどん体重が増えて重くなる子どもを抱えずに済むし、密着もしないので夏場も汗ジミができにくい。ついでに子ども用品や自分の荷物も載せたり吊るしたり。」
「ベビーカーは必需品とは言えない。だから、運搬を手助けしない日本男子を責めることはできない。この意見、どこか間違っているでしょうか?」
※以上(http://president.jp/articles/-/13600?page=3)から引用
子連れの母親たちからは主に「どこへ行くにも子どもをおぶって移動してみてから言ってほしい」という声、男性からも「電車も便利な乗り物だから、使わずに目的地まで歩いたらどうだ」「年老いたり病気になって、お前は必需品とは言えないと言われたらどう思うのか」といった声があがった。
この記事は10日現在、シェア、RTともに1万を超え、佐藤さんの記事の300リツイート、800シェアと比べると、いかに話題にされているかが分かる。とくに、「僕には子どもがいないので実感はありませんが」という立場からこういう意見が出てしまったことが、炎上につながったものと考えられる。
「いい記事」ほど読まれないのはなぜ?
炎上を狙いやすいトピック
ネット上で炎上しやすい記事の特徴としてひとつ言えるのは、「立場が異なる人間が相手の事情に対して一方的に意見するもの」であること。事情を知らない人間からの「決めつけ」は「想像力に欠ける」と言われやすい危うさがある。
筆者は独身で子育てをした経験はないが、困っているベビーカーの母親がいたら積極的に手助けをしている。「ベビーカー女子を手助け」した立場から言うと、手助けする自分の労力はわずかなのに、手助けされた側は相当助かるので、手助けしない理由はこれっぽっちもないと思う。
実際、電車内でこんなことがあった。ある女性が、ベビーカーに乗せた幼児と3歳ぐらいの2人の子どもを連れて乗車していた。駅に着き、彼女が車両から降りようとベビーカーを下ろしている間に、子どもが車内の奥に走り出してしまったのだ。とっさに気づいた筆者は、その子を捕まえて一緒に駅に降りた。