和歌山駅のすぐそば。楠右衛門小路(くすえもんしょうじ)と、如何にも来歴、物語がありそうな一角に、見慣れた名前のバーを見つけた。
バー・テンダー。
銀座の名店と同じ名前である。自信がなければ、そんな名前を冠するわけがない。入ると、狭いながら、バーテンダーの後ろを埋め尽くす、見事な酒の揃え。それだけで、真っ当なバーだと酒飲みには知れる。
せっかくだから、この店かこの土地のスペシャリティーは? あれば、それを。
オーナーバーテンダーの平野さんにそう頼むと、出してくれたのが、抹茶茶碗に小梅が添えてあるもの。実を裏ごしして加えたにごり梅酒とズブロッカは、梅酒の美味しさに、さらに輪郭をはっきりさせた、再発見の味わい。
もう一つはロックグラスに、泡だったとろみがあるような白い液体。やはり、にごり梅酒をベースに、牛乳と蜂蜜を合わせ、よくよく撹拌したものだ。優しい味わい、少し意外な組み合わせのハーモニーに微笑むようなもの。
そうか、和歌山といえば、やはり梅か。梅酒か。なるほど、梅酒はカンパリやベルモットに負けぬ、立派なリキュールなのだ。
それにしても、響くものがあり、改めて、ロックで梅酒だけを飲ませてもらうと、そのバランスの良いこと。梅が醸し出す、ふくよかな酸味。程良い甘さ。そして、あくまで柔らかなのにしっかりしたアルコール。
果実酒趣味の素人製やふつうに目にする市販の梅酒と、一線を画すような梅酒があるものだと驚く。プロが造ったうまさ、というものが何にもあるものだと改めて、思い知る。
それが「九重雜賀(ここのえさいか)」の梅酒だった。
「最初はお酢だったんです」
と四代目の雜賀俊光さん。明治41(1908)年、創業の商売は醸造酢、つまり、酒粕からお酢を造ることだった。良い酢を造るには良い酒粕をということで、酒も造るようになった。