九州大学の橋爪誠教授は、手術支援ロボットを活用した世界優位の手術法やロボットシステムを組み上げる技術を持ちながら、製品化が遅々として進まない状況に歯がゆさを感じているようだ。
典型例が、橋爪氏と九州大学が東京大学、日立製作所などと共同開発し、07年のロボット大賞のサービスロボット部門で優秀賞および審査員特別賞を受賞した「MR(磁気共鳴診断)画像誘導下小型手術用ロボティックシステム」だろう。
このシステムは、微細な操作が可能な手術用ロボット鉗子と、MR画像によるナビゲーションを組み合わせた、患者の体力負担を低減する低侵襲手術の支援システム。体内をリアルタイムで見ながら手術できるシステムは世界でも例がなく、「早期実用化を」との当時の経済産業省のお墨付きが出たシステムだ。
ところが、この世界に先駆けた手術支援システム、実用化は頓挫している。「治療機器開発は手がけない」という日立の上層部の一言で、実際の実用化・製品化は研究開発レベルで止まっているというのだ。
こうした状況を日立サイドにぶつけると、「当初から日立ブランドで商品化することを前提に開発に協力したわけではない」(広報部)とのコメント。周辺の見方は、「日立さんが自社ブランドで世に出して、不測の事態が起こったときの責任の負荷とブランドイメージの失墜を恐れて踏み出せないのでは」というもの。
加えて、「日本で手術ロボットは薬事法上、医療機器として認められておらず、たとえ製品化しても事業にならない」といった同情的な声がある。海外ではGE(ゼネラル・エレクトリック)などが同様のリスクに対して、ベンチャー企業を新設して事業化を進める手法もとるが、日本の大企業にはそうした事例はない。
その意味では、サイバーダイン社(山海嘉之CEO・筑波大学大学院教授)が開発したロボットスーツHALは自社でリスクを取って、市場開拓を目指すフロンティア的な存在。体に直接装着すると、生体電位信号を感知し歩行や立ち座りの動きなどをアシストする。今年度から出荷を始め、現在、4カ所の医療機関で自立動作支援などの場面で利用されている。
販売総代理店である、大和ハウス工業ロボット事業推進室の田中一正室長は、今後の普及の鍵としてコストダウンなどを挙げ、施設側への普及が広がることを期待する。
HALをはじめとする医療福祉ロボットが今後普及するためには、薬事法で診療報酬の対象として認められることが必要だと指摘する声も多い。現在、HALは自立動作支援の機器として認められていないため、利用しても医療機関に入る診療報酬は変わらない。認定されれば、施設側にも導入するインセンティブがでると見られている。しかし、医療福祉機器を販売する別の関係者は「認証までの期間や手続きも含め、海外と比べて日本はハードルが高すぎる」と指摘する。
この薬事法をめぐっては、厚生労働省関係者の間でも「そもそも、まがいものの薬の流通を阻止するために作られた法律。治療機器にまで領域を拡大させたこと自体に無理がある」「人間の生命に関わる副作用や安全基準は、薬事法で十分カバーできる」と意見が分かれる。