安保激変

2015年2月4日

»著者プロフィール
著者
閉じる

辰巳由紀 (たつみ・ゆき)

スティムソン・センター日本部長

キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。東京生まれ。国際基督教大学卒業後、ジョンズ・ホプキンス高等国際問題研究大学院で修士号取得。在米日本大使館専門調査員、戦略国際問題研究所(CSIS)研究員などを経て2008年より現職。2012年よりキヤノングローバル戦略研究所主任研究員を兼任。専門は日本の防衛政策、日本の国内政治、日米安全保障関係、米国の対アジア安全保障政策。

世界ではほとんど聞かれない「自己責任論」

 第二に、日本政府の日本国民の生命を守る責務についても議論される必要があるだろう。湯川さんと後藤さんの2人がISILに拘束されていることが明らかになってから、彼らが、外務省がすでに退避勧告を出しているにもかかわらずにシリアに向かったことに対する「自己責任論」が多く聞かれた。つまり「渡航勧告を無視して行ったのだから、何が起こっても本人の責任」であり、政府が解決に国民の税金を使う(例えば身代金を払う)ことについては批判的な議論である。

 実は、この「自己責任論」は日本以外の国ではほとんど聞かれない奇妙な議論である。アメリカでも、海外の危険な場所に政府からの渡航警告にもかかわらずに種々の理由で赴き、事件に巻き込まれたり、命を落としたりするケースは多い。

 なんといっても、昨年8月から9月にかけてISILがその残忍な殺害の様子をビデオで公開したジェームズ・フォーリー、スティーブン・ソトロフ両氏は、アメリカ人のジャーナリストだ。アメリカの国務省も、日本の外務省と同じようにシリアに対しては渡航情報の中で「全土にわたって危険な地域」という形容をしており、昨年9月12日には渡航警告のレベルを「シリア国内の米国人は直ちに出国するように。いかなる理由でもシリアへの渡航は控えるように」というレベルに引き上げている。それでも、殺害されたフォーリー氏やソトロフ氏に対して「自己責任なのだから」といった批判は全くといっていいほどなかった。むしろ出ていたのは「米政府は彼らを救出するために軍の投入も含めてできたことがあったのではないか」といった批判である。

 一見、当たり前に見えるかもしれないが、「自己責任論」には「本当に非難されるべきは誰なのか」という視点が完全に欠落している。さらに、「日本国内に住んでいない日本人」に対する同胞意識の薄さもにじんでいる。「いかなる理由であれ、海外でトラブルに巻き込まれた日本人の身柄の安全を確保するために最大限の努力をするのが日本政府の国家としての責任ではないか」という視点からの議論がもっとされてもいいのではないだろうか。

関連記事

新着記事

»もっと見る