対談

2015年4月10日

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久松:おいしい、おいしくないといった本能的な感覚でも、根底には人同士の関係性があるんだと改めて思いました。あの時は僕のところと、ウチよりもう少し思想的に有機をやっているところと、さらにもっとゴリゴリに原理主義的なところの三者を先生に調査してもらって、お客さんがもっとも離れたのはウチだった。2人とも同時期に農業を始めた知人だけど、会ったことのあるお客さんとの商売がほとんどで、丁寧に関係を築いていました。3人ともいまだに辞めずに残っていて、この前久しぶりに会えて嬉しかった。

丸山:久松さんの築く関係性が少しほかと違うのは、集合知を作ることについてのある種の天才なんですよね。日本にはあまりいないタイプで、生煮えの知識でもなんでも、とにかく発信する。そうすると反応してくれる人がいて、その関係性の中で、もともと考えていたこととは違うところに共通の認識ができてくる。そういうネットワークの中で仕事をしていると思うんですけど、コアになっているのは確信を持てなくても情報を出すことで、そこには「叩き直してくれ」というメッセージも込められている。でも、そういう知識生産に慣れていない人には、やたらと厳しく過激な人に見えてしまうのかも知れませんね。

久松:とくに震災直後はやり場のないストレスを抱えていたので、挑発的に話すことが多かった気がしますね。その頃の講演の映像を見ても、すごく嫌な言い方をしていたなと思います。

丸山:原発事故は有機農家や、食に関わる仕事をしている人にとってはあまりにもチャレンジングな事態で、自分たちを守ってくれると思っていたロジックが、全部自分たちに牙を剥いて襲いかかってきた面があります。すごく理不尽であると同時に、深く考える契機だったと想像しています。

久松:ずっと「有機」の側から攻撃されていた慣行農家には、「ざまあみろ」と思った人もいたんじゃないかと思うんですよ。少なくとも自分ならそう思ったはずです。

 僕自身も「お客さんがいなくなるんじゃないか」と思ったから、自分の中で基準が緩くなる。そんな時にある慣行農家の人がツイッターで、僕に当てたわけじゃないけど「農薬をゼロにしますってさんざん言ってきたくせに、放射能は『基準値』以内でいいのかよ」と言っていて、すごくショックでした。ああ、何も返す言葉がない、と思った。

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