さらにサッチャー元首相といえば「鉄の女」の称号で知られるが、その背後にあったサッチャー氏の素顔にも言及している。
〈女性初の首相でありながら在職11年半の間に一人の女性も閣僚に起用していない〉
〈弱者切り捨ての冷たい印象を与えながらも、フォークランド戦争中はベッドで眠ることはなく、夜中に戦争遺族への手紙を書き続けた〉
〈1日四時間睡眠で職務をこなしながらも、官邸兼公邸での私生活ではお手伝いさんを雇わなかった〉
〈「非妥協の女性宰相」をアピールしたのがハンドバッグである。サッチャーは怒ると所構わずハンドバッグを振り回した〉
さらに、同世代のエリザベス女王との間にあった「不仲説」を紹介している部分など、本書によって初めて知ったエピソードも多い。パワフルな二人の女性の微妙な関係にはドラマをみているような緊迫感がある。
ただ二人が互いに年齢を重ね、フォークランド戦勝25周年を祝う式典で穏やかな笑顔で再会した様子を紹介するくだりなどでは、戦後の英国を支えてきた二人の女性の偉大さをあらためて感じることができる。
その時々の「最適解」を見いだしてきた
もちろん本書が描き出すのは、こうした明るい側面ばかりではない。イラクの大量破壊兵器をめぐるBBCのラジオ報道を発端とするブレア政権とメディアとの対立などは、様々な教訓を与えてくれる。政府が自分たちにとって都合のよい方向に情報操作したいという誘惑にかられると、それには際限がなくなり、最終的に悪い結果しかもたらさない。若い労働党の宰相として颯爽と登場し、メディアの寵児にもなったブレア氏だったが、政権の後半はごたごた続きで、魅力が一気に色あせてしまったことは記憶に新しい。
イギリスは「連合王国」だけに、国全体のイメージをどう持てばよいのかという求心力の問題も本書は指摘している。ブレア、ブラウン、そしてキャメロンと最近の歴代首相が直面している大きな課題は、国の存立基盤ともいえる「ナショナルアイデンティティ」をどこに求めるかという点である。近年のスコットランドの独立をめぐる諸問題はそうした課題が凝縮されているし、このほど総選挙で勝利したキャメロン首相は、欧州連合(EU)からの離脱か否かを問う国民投票に早晩、直面することになる。
本書を読んであらためて感じるのは、イギリスという国はそれぞれの時代に様々な問題に直面し、時にはもだえ苦しみながらも、民主主義の基盤をもって、その時々の「最適解」を見いだしてきた国なのではないかということだ。そうした中、絶妙なタイミングで王室が効果的な役割を様々に演じている。まさに本書のタイトルにあるような「ふしぎな」国である。イギリスのこうした魅力にジャーナリストの一人としては抗しきれず、今でも何か本を書きたいと思っているが、8年の英国駐在経験と3年の時間をかけてまとめられた本書を上回るような内容はとても書けそうにない。こう実感させられた力作である。
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