2024年11月22日(金)

イノベーションの風を読む

2015年7月14日

 エレキ復活のシナリオはないのだろうか。株主総会でエレキのソニーの復活を望む株主の質問に平井社長は、ソニーのエレキ事業のポートフォリオは、今まで培ってきた商品や技術を完全なものにしていくという軸と新規事業へのチャレンジという軸で考えると答えた。

 前者は製造業としてあたりまえのことだが、それだけを繰り返してきた結果が現在のソニーのエレキの惨状ではないか。株主たちが聞きたかったのは後者のイノベーションについてだったろうが、それにはSAPという新規事業プログラムをあげただけだった。

スタートアップごっこの匂いがする

 SAP(ソニー・シード・アクセラレーション・プログラム)は昨年4月に社長直轄のプロジェクトとしてスタートした。

ソニー平井一夫社長(Getty Images)

 シリコンバレーのY Combinator(ワイ・コンビネータ)に代表されるアクセラレータのプログラムでは、そのプログラムに参加を許されたスタートアップ(ベンチャー企業)が、設定された数カ月の期間で自分たちのビジネスを組み上げていく。メンターと呼ばれる先達やいろいろな分野の専門家がチームに参加して、スタートアップが次の段階へ進むための取り組みを支援し商品かを加速(アクセラレート)させる。

 アクセラレータはベンチャーキャピタルの一形態で、米国で始まった「大企業によるアクセラレータ」はコーポレート・ベンチャーキャピタルと呼ばれ、自社の経営資源を社外のスタートアップに提供し、従来の組織や事業形態の枠を超える商品や事業の創出を目指すオープンイノベーションと呼ばれる取り組みだ。

 しかしSAPは、社内から提案される新たなビジネスコンセプトのスピーディーな事業化を促すとされている。これはオープンイノベーションではないようだ。SAPには多くの応募があったというが、どのような人が応募の資格を持っているのか、応募するまでの検討プロセスにどれだけの時間を割くことができるのか、それは業務として認められているのだろうか。

 さらにSAPの取り組みの一環として、ソニーはクラウドファンディングとEコマースのサービスを兼ね備えたFirst Flight(ファースト・フライト)というサイトを7月1日にオープンした。クラウドファンディングとは、これも米国で始まった主にハードウェアのスタートアップ向けのサービスで、新しい商品を開発・製造する資金が必要なスタートアップが、サイト上でつくろうとする商品の説明をして投資を募るしくみを提供する。

 なにやらシリコンバレーを中心とする米国で流行っているものを集めて、ソニーという箱庭のなかでスタートアップごっこをしているように感じてしまう。アクセラレーションの出口がクラウドファンディングというのも違和感がある。すでに電子ペーパーの技術を活用した腕時計やカスタマイズできるリモコンなどがFirst Flightのサイト上に紹介されており、その取り組みもスタートアップ系のメディアでは好意的に取り上げられている。しかし、平井社長にイノベーションについて質問した株主がこれで得心がいくとは思えない。

イノベーションのジレンマに挑戦してほしい

 既存の大企業(特に製造業)のイノベーションに関して、多くの人々は悲観的だ。その理由については、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」をはじめとしてすでに多くの分析がなされている。例えば、成功し大きく成長した企業がさらなる成長のために最適化した組織は、病原菌が侵入した時の白血球のように、イノベーションを拒絶し死滅させてしまうといったものだ。

 SAPはイノベーションのジレンマを打ち破ることができるだろうか。腕時計やリモコンをみる限り、既存事業に挑戦しようとしているようには見えない。もし「既存事業と干渉しないこと」という条件付きの活動であるならば、他のクラウドファンディングで生まれる商品のように、ちょっとおもしろい小物を生み出すことしかできないだろう。なぜならばグラフを見てわかるように、すでにソニーはエレキの主要な分野で事業を展開しているのだから。それを聖域とされてしまうならば、社内のイノベータたちは、そこに破壊的イノベーションを仕掛けようとする外部のスタートアップや企業に対する大きなハンデを負うことになる。

  
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