AppleはiPodによって、それまでソニーが独占してきた携帯型音楽プレーヤーの市場に参入した。それはウォークマンというハードウェアだけでなく、音楽をCDという物理的なメディアで販売するというビジネスモデルも破壊した。音楽はインターネットで購入してパソコンやiPodにダウンロードするものになった。
しかし、ひとつの時代を築いたiPodは、「音楽」というアプリとしてその機能をiPhoneに吸収されてしまった。売り上げの激減したiPodという製品は、Appleでは「その他」に分類されるようになり、今年からは単独での数量の発表はされなくなってしまった。AppleはiPodという製品事業を自ら破壊し、iPhoneというさらに大きな事業を立ち上げることに成功した。もしiPodの事業を守るために、iPhoneに「音楽」という標準アプリを入れなかったとしたら、iPhoneの成功はなかったかもしれない。
病原菌になるか、イノベーターになるかは紙一重
2つのデジタル・ディスラプションを起こしたスティーブ・ジョブズのように、企業のトップに位置し、どの製品アイデアを追求するのか自ら決定できるイノベーターは稀だ。ベンチャー企業の創業者も組織の中で大きな権限を持ち、どのようなプロセスで開発を行うか自ら決定を下すことができる。しかし成熟した大企業では、イノベーションはサポートされるよりも阻まれることのほうが多い。
しかしそのような逆境をものともせず、画期的なイノベーションを実現する人々もいる。彼らは、1度のみならず、何度も繰り返しイノベーションを実現している。アビー・グリフィンの「シリアル・イノベーター」では、自身のスキルを活用しイノベーティブな製品やサービスを、自らのキャリアでくりかえし創造できる人のことをシリアル・イノベーターと呼んで、その生態の分析や、その可能性を持った人材の行動の特徴を解説している。
しかし、単なる病原菌とイノベーターをどう見分けるかは非常に難しい。この本でも「シリアル・イノベーターは巨額の売り上げを企業にもたらす可能性がある一方で、組織の中で問題を引き起こす可能性をも秘めている。」と書いているように、そのふたつは紙一重のようだ。
スティーブ・ジョブズを発掘したAtariの共同創業者であるノーラン・ブッシュネルの著書 “Finding the Next Steve Jobs"(次のスティーブ・ジョブズを探せ)には、経営者がそういった人物を探すための心構えが書かれている。
邦題は「ぼくがジョブズに教えたこと」に変わっているが、内容からは原題の「次のスティブ・ジョブズを探せ」のほうがしっくりくる。自身がシリアル・イノベーターでもあるノーラン・ブッシュネルは、イノベーティブな人材は猫のようなもので、彼らは社内の規則をガチガチに固めてしまうと逃げ出してしまうと言っている。無理に管理してやる気を失わせるような規則など作らず、快適な仕事環境と柔軟なガイドラインを提供することが必要だ。
スティーブ・ジョブズは、1996年にAppleに復帰し2000年に正式にCEOに就任した。そして年1ドルという基本給与でAppleのイノベーションに取り掛かった。Appleが深刻な経営不振に陥っていたことが彼が招かれた理由であり、変革すなわち創造のための破壊が求められていた。
深刻な経営不振に陥っている日本企業では、過去の成功体験を忘れられない経営者が守りの態勢を固めていることが多く、創造のための破壊はさらに困難になっている。繰り返されるリストラによって、すでにイノベーティブな人材は流出してしまっているかもしれない。
10億円を超える報酬で話題になった日産のカルロス・ゴーンは、株主総会で「役員報酬に相当な投資をしないと、競争力を保つのに必要な人材の採用や確保ができない」と言い訳をしたが、イノベーションを起こすのは役員ではないだろう。変革のためのアイデアと熱意を持った人材を招き入れて力を発揮させるには、まず経営者の考え方や企業側の体質を大きく変える必要がある。
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