2024年12月10日(火)

WEDGE REPORT

2015年8月4日

血液はなぜ村山庁舎に?
エボラ確定後の扱い

 ひるがえって日本。エボラ疑いの最初のケースは、リベリアに滞在し、羽田空港で発熱していたという男性だった。エボラかどうかを調べる簡易検査のPCRで陰性が確定。3日間の隔離後、無事退院した。塩崎恭久厚生労働相は2014年10月28日、閣議後記者会見で、発熱男性への一連の対応を「準備の段取りどおり」と評価した。男性を国立国際医療研究センター(国際医療センター)に搬送し、血液検体を国立感染症研究所(感染研)村山庁舎に送り、陰性の判定がでるまで約14時間。PCR検査そのものに7時間かかったことを考えれば、まずまずの結果だろう。しかし、このエボラ上陸「予行演習」から見えてきたのは、日本の感染症危機対策の甘さだ。

口から出血した妻を黄色いバンで国境なき医師団(MSF)のケアセンターに運び、うなだれる男性。手袋やマスクがないため、ビニール袋で手足を防護している。(写真:GETTY IMAGES)

 それは、日本では、エボラ患者と分かれば強制的に入院させられるが、「退院はできない」という、衝撃の事実に象徴されている。患者状態を評価する際に基本となるのは、血液中で活性をもつ生きたウイルスの量。エボラ患者が「回復した」との確定診断も、血液中に生きたウイルスがいないことの確認で行う。

 しかし、この血中ウイルス量の測定は、BSL-4(レベル4)と呼ばれる厳しい安全基準を満たしたラボでしかできない。幸運にも、世界に44か所しかないレベル4ラボのひとつが、日本にも感染研村山庁舎内にある。しかし、周辺住民の反対で正式稼働していないからだ(注1)。

 厚労省によれば、「エボラ疑い」の患者から採取された血液検体に不活化処理を施すPCR検査は、安全基準の落ちるレベル3の施設でも実施することができる(注2)。しかし、エボラと確定して以降、エボラウイルスの含まれた血液などの検体は、レベル4でしか取り扱えない。「疑い」と「確定」では、まったく扱いが違うのだ。

 では、「エボラ疑い」発熱男性の検体は、なぜ、複数のレベル3ラボをもつ感染研の本部(戸山庁舎)ではなく、遠く村山庁舎まで運ばれたのだろうか。戸山庁舎は、患者が入院した国際医療センターから早稲田側に坂をのぼってすぐのところにある。戸山の感染研本部でやる方が時間も節約でき、検体輸送に関わるリスクも軽減できる。

 これには理由がある。感染症法によれば、「エボラ疑い」としてレベル3で検査された検体であっても「エボラ確定」となれば、確定から2日以内に廃棄するか、レベル4に運ばなければならないとされている。しかも、エボラと同定されたウイルスを施設外に運ぶとなれば、どの信号を何時何分に通過する予定であるといった、詳細な内容も記した分厚い書類を事前に警察に届け出なければならない。この手続きを2日でやるのは事実上不可能だ。

 今回の検査が、感染研村山庁舎内の、このレベル4ラボのすぐそばにあるレベル3ラボで行われたのは、もし患者が本当にエボラだった場合、検体を廃棄するという選択肢がなかったからだろう。陽性患者が出れば、厚生労働大臣は急遽、村山庁舎のレベル4ラボを正式稼働させ、追加検査を行って患者の状態の適切な評価を行うつもりだったのではないか。

(注1)感染症法の表現としては、「1種病原体等取扱施設として厚生労働大臣の指定を受けていない」。
(注2)正確には、疑い患者の臨床検体の取り扱いについては法的な基準がなく、感染研の規程でレベル2以上、エボラウイルスのようなリスクの高い病原体が疑われるものはレベル3以上と定められている。
参考資料 バイオファイア社の詳細については、プレスリリース、ソルトレイク・トリビューン、GenomeWeb等の記事を参照した。

(後篇に続く)

  
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◆Wedge2014年12月号

 

 


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