2015年7月、国際社会の懸案であったイランの核開発問題に関する歴史的な国際合意が成立し、中東政治の構図が大きく変化する可能性が出てきた。
この交渉で注目されたのが、イランの後ろ盾と目されてきたロシアの出方である。以下に紹介するバーエフの論考でも触れられているように、ロシアの協力なくしては、合意は不可能であるとも考えられていた。
では、ロシアは何故、如何なる思惑からイラン核合意を認めたのだろうか。これについては様々な観測が見られるが、バーエフは、これがロシアの対中バランスの弱体化によるものであると見ている。すなわち、ロシアは戦略的な利害からイラン核合意を積極的に成立させたというより、中国に引きずられて認めざるを得なくなったという見方である。その妥当性については後ほどもう一度検討するにせよ、イラン核交渉でほとんど存在感を見せなかった中国と言うファクターに注目している点でバーエフの論考は興味深い。
なお、バーエフはソ連時代にソ連国防省系の研究所で勤務し、後にノルウェーに帰化した人物で、現在はオスロ平和研究所(PRIO)教授として勤務する傍ら、米国のブルッキングス研究所在外研究員を務めている。
バーエフの論考
~翻訳~
「イラン核合意に関するロシアの支援と中国ファクター」
ブルッキングス研究所、2015年7月21日
パーヴェル・バーエフ
(前略)
イラン核合意をまとめるために、米国はロシアの支援を必要としていた。「もしロシアが我々と共同歩調を取る意図がなければ、合意に達することはできないだろう」とバラク・オバマ米大統領が述べたとおりだ。しかし、米露関係が冷戦後最悪の状態にある中でロシアが支援に廻ったことは、ある種の驚きだった。当のオバマ大統領にとってさえ、である。常日頃から反米的なロシアのメディアでさえ、オバマの個人的な手柄だと言い立てるイラン核合意を、ロシアが支援するつもりになったのはどういうわけだろうか?
往々にしてそうだが、その答えは到底簡単なものではあり得ず、結局はウラジミール・プーチン露大統領の腹一つというところがある。イランとの交渉プロセスに対するロシアの支援は一筋縄なものではなく、幾つかの複雑な動機がより合わさったものであった。ごく狭いロシア側の立場のみに立つならば、この合意は、エネルギー価格の下落がロシア経済を脅かす中、新たな石油とガスの安定的供給源を作り出す恐れを秘めている。この点を踏まえるならば、決定的であったのは中国ファクターであったと思われる。中国は独自の理由でこの合意を欲したのであり、ウラジミール・プーチンにはもはやそれに逆らえる立場にはなかったのだ。