これまでの経緯
セルゲイ・イワノフ外相(当時)は、ロシア抜きでイランとの取引などあり得ないと公言していた。だが、彼がウィーンやローザンヌやジュネーブの交渉会場に足を運んだことで、何か一つでも妥協が引き出せたというたしかな証拠はない。むしろ、モスクワは、交渉の機微な場面でP5+1(米英仏中露+ドイツ)の立場を混乱させようと(台無しとまでは言わないにせよ)してきたのではないかと思われるフシがある。
2014年11月半ば、ロシアはイランのブシェール原子力発電所に新たに2基の原子炉を建設する大型契約を結んだと発表した。さらに原子炉6基のオプション契約も結ばれた。だが、2014年11月24日のウィーンでの交渉期限は何事も無く過ぎた。
2015年4月半ば、ロシアは2010年に決定されたS-300防空システムの対イラン供与に関する単独禁輸措置の解除を表明した。この動きは、P5+1とイランの間で締結された4月2日の事前枠組み合意を覆すには遅すぎた。だが、これによってイランは、包括的合同行動計画(JCPOA)に関するウィーン交渉の開始にあたり、より強く立場を主張する動機を得た。
2015年6月初頭、ロシアは、長らく交渉が進められてきたイランとの原油スワップ協定が1週間以内に合意に進むであろうと発表した。6月30日を期限とするウィーン交渉はまたも大過なく終わった。
このように、ロシアには交渉を妨害してやろうという意図があり、しかも米露関係は日に日に悪化していた。こうした中でオバマ政権にとっての重要課題となったのが、イランとの合意をモスクワにおとなしく受け入れさせなければならない、ということだった。
米軍の高官達の中にもロシアを「今そこにある危機」と位置づける者が出るような状況下で、ホワイトハウスは対外的メッセージに含みを持たせようと試みるようになった。プーチンには協力範囲を「切り分け」て保持する用意があると強調したのである。
(中略)
イラン問題に関するロシアの最大の懸念は、その透明性が不十分なことではなく、エネルギー価格に対する影響である。テヘランは原油輸出を倍増させる計画をかねてから口にしており、これがグローバルな供給過剰を加速させることは確実だ。ロシアの石油及びガス独占企業であるロスネフチとガスプロムは、イランのエネルギー部門がビジネスの世界に開かれたところで何の恩恵も得られない。西側メジャーの方が競争力と技術的優位を持っているためだ。原子力エネルギー産業においてさえ、イランはロシアのみとの協力よりも多角化に関心を持つであろう。また、ロシアは先進的兵器の供給を急速に増加させることは不可能であろう。ロシアのロビイングにも関わらず、武器禁輸は数年間にわたって続くことになっているためだ。