WEDGE REPORT

2015年9月25日

»著者プロフィール
著者
閉じる

村中璃子 (むらなか・りこ)

医師・ジャーナリスト

医師・ジャーナリスト。東京都出身。一橋大学社会学部・大学院卒、社会学修士。その後、北海道大学医学部卒。WHO(世界保健機関)の新興・再興感染症対策チーム等を経て、医療・科学ものを中心に執筆中。京都大学大学院医学研究科非常勤講師も務める。

 間髪入れず追い打ちをかけたのは、トルコ政府の外国人在留資格に関する政策転換だった。2014年、不法滞在者や難民に手を焼いたトルコ政府は、これまで隣国のシリア人だけは例外としていた、約200米ドルの在留許可を6か月ごとに取得し、かつ、年間約3000米ドルの健康保険に入るという在留条件をシリア人にも義務づけたのだった。

 2014年10月、音を上げたファディ氏は、再び単身で新天地欧州を目指すことにした。イスタンブールからバスでエーゲ海の街イズミルへ。ブローカーに料金を払うと、深夜、他の難民と寿司詰めのロングボートに乗り込み、イズミルからわずか40分の対岸にあるギリシャのキオス島を目指した。

 ところが、ファディ氏を乗せたボートは、運悪く沿海を警備していたギリシャ警察に見つかってしまう。TIME誌によれば、最近ではトルコに近いエーゲ海に常時7、8艘のボートが見られ、ギリシャ側のリゾートホテルのプライベートビーチを難民が歩いている姿は日常茶飯事だという。ファディ氏によれば、当時そこまでの数の船はなかったが、ギリシャ政府は常に難民の上陸に目を光らせており、警察はファディ氏を含む全員をボートから海へと引きずりおろした。

 「ギリシャ警察は難民の命なんてどうでもいいと思っている。おぼれて死んだ人もいたと思う」

 ファディ氏も海に投げ出され、漂流物につかまりながら3時間くらいは海の上を漂っていただろうか。ファディ氏を見つけ、手を貸してくれたのはトルコ警察だった。キオス島の近くまで連れて行くと「あとは泳いで行け」とだけファディ氏に伝えた。ビニール袋に入れ肌身に着けていた財布、携帯、パスポート以外はすべて水浸し。着の身着のままの短パンにTシャツ姿で上陸し、キオスからアテネに行く船に乗りこんだ。

繰り返しアテネまで送り返される

 「そこからの2カ月と4日は悪夢のようだった」

 ファディ氏がそう語るのはアテネからの道のりだ。旅はエーゲ海で命を落とさず、キオスに泳ぎついて、アテネに着けば終わるわけではなかった。当時から、マケドニア、セルビアを経由してハンガリー、オーストリア、ドイツに至るルートは難民たちの間で一般的だった。しかし、このマケドニア国境こそが最大の難関だった。

 「ギリシャからドイツまで、歩けば3週間。かかる金は800から1200ユーロ」

関連記事

新着記事

»もっと見る