2024年4月27日(土)

対談

2015年10月24日

毛利 『みんなで決めた「安心」のかたち』を読んだだけなので軽々に評価はできませんが、最近思っていることと絡めて考えてみたいんです。それは、市民運動やそれを含む市民社会は再興しうるのか、ということなんです。それは先ほど話した議論のプラットフォームでもあり、柏の運動がそう評価しうるのか、とても興味深いと思います。

 メディア文化研究者の伊藤守さん(早稲田大学教授)との共編『アフター・テレビジョン・スタディーズ』(せりか書房)のなかで、マスメディア研究の林香里さん(東京大学教授)が、日本語になった「市民社会」と、元のドイツ語の「Bürgerliche Gesellschaft」を比較して論じているのですが、ドイツ語では団体とか組織、今で言えばNPOやNGOを指す概念で、むしろこれは「市民団体」と訳すべきだったのではないか、と言っています。そう考えると、たとえばユルゲン・ハーバーマスの「市民社会論」ももっと明確になる。議会を取り囲むようにふわっとした市民社会なるものがあるわけではなく、もっと具体的な複数のメンバーシップが構成されていて、連関しているイメージなんだ、と。そこでは公共や行政へのアプローチはかなり明確なものになりますね。

 その意味では日本の場合は翻訳されたままの市民社会なんですね。ふわっとした市民社会でコンセンサスが形成できるという幻想があって、しかも新聞やテレビといったメディアの影響がとても強い。行政も大きくて茫洋としたイメージのなかにあるし、原発や放射能被害をめぐる問題にもその曖昧さが影を落としていると思います。

 でも、もうちょっと違うレベルの市民社会を地域ごとに作らないといけないし、具体的なメンバーシップの問題として考えないといけない。その例として柏の例は興味深いです。

 メンバーシップを政治のレベルで最も形成していたのは、自民党と公明党と共産党ですよね。地域でメンバーシップを形成して、震災を経て残っているのはほとんどその3つだけなんです。他の「~の党」はほぼ残っていませんし、運動体としてのNPOも残っているものは少ない。残った3つメンバーシップに拮抗しうる市民社会はない。でも求められているとも思うんですよね。

五十嵐 たとえばヨーロッパであれば、もっとコーポラティズム(企業や労働組合などの利益集団が政府の意思決定に強く影響を与える社会)的な世界観があるということですか。

毛利 コーポラティズムもあるし、たとえばイギリスなどではシンプルに家族観の継承がありますね。労働党の党員の子供が労働党に入るのは、党員が運営する学校やキャンプに小さいころから通うことで、価値観を内面化していくからです。それは保守党でも同様ですし、日本でも、弱くなったといわれながらも自民党や共産党には何かそういう側面が残っているんですよ。公明党は言わずもがなですよね。

五十嵐 それは強固にあります。

毛利 でもメンバーシップはそういう、世代を超えて歴史的に共有される流れのようなもので、日本の場合はローカリティ、地域社会だったのでしょう。それはできれば維持すべきものだったと思うのですが、都市部ではどんどん難しくなっていますよね。たとえば小学校の運動会で親同士や町内会の人たちが顔を揃えるといった場面で地域社会の紐帯が強化されていましたが、少子化の進行する都心ではもはや機能しない。柏の場合は郊外の地域社会で、子どももいるから紐帯も残っていたのでしょうか。

五十嵐 そこの評価は難しくて、先ほどの除染グループには、まったく地域活動にも市民運動にも関わってこなかった人ばかりが集まっていたんですよ。これは柏の「運動」を考える場合に重要な点です。

 柏市の政治面での大きな特徴は、全国で革新自治体が増えていった1960年代から収束していった80年代の間に、一度も革新自治体になっていないことです。市民ネットワークのような地域政党もありますが、力はあまり強いとはいえない。そういう「運動」の伝統が相対的に希薄な土地柄だったので、若い世代の新興住民が自由に活動できたという面があるかもしれません。もし町田や国立のような運動の蓄積があるところで同じことが起こったら、もう少し違う展開を見せた気もします。

毛利嘉孝(もうり・よしたか)
東京藝術大学准教授、ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジPhD、専門は社会学、文化研究・メディア研究。主著に『ストリートの思想』、共著に『アフター・テレビジョン・スタディーズ』など。


五十嵐泰正(いがらし・やすまさ)
筑波大学大学院人文社会系准教授、専門は都市社会学・国際移動論。柏市のまちづくり団体「ストリート・ブレイカーズ」代表。主著に『みんなで決めた「安心」のかたち』、共著に『常磐線中心主義』など。

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