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2015年10月10日

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日本の特性を知ったコーチング

 フェンシングは「戦うチェス」「筋肉を使ったチェス」などとも言われ、相手の裏をかく戦略が勝利のポイントとなる。つまり、頭脳戦、心理戦の要素が大きい。しかし、過去、日本人には、外国人には勝てないという思い込みがあり、戦う前から心理戦で負けていたこともあったという。この心理面での劣勢をはねのけ、データに基づく頭脳戦に道を開いたのがオレグコーチでもあった。

 03年に就任したオレグは、日本選手に足りないのは、「肉体でもない。技術でもない。まずはメンタリティ」と見抜いていた。勝つ意識の低さと外国人コンプレックス。それを跳ね返すには、外国人にも勝てるというシンボルが欲しかったという。

 身長が低い日本人が得点するには、アグレッシブ(攻撃的)に相手に近づいていかなくてはならない。しかし、日本人選手は相手の長いリーチを恐れ、防御中心に回っていた。

 「近い距離で戦え」「アグレッシブになれ」を徹底した。そして日本人の特性に合わせたコーチングで選手のやる気をひきだした。

 先ほどのオレグの著書によれば、「太田は、アグレッシブで自己主張は強く、エゴイストで日本人らしくない」「千田のスタイルは防御的で我慢しすぎる。アグレッシブと同時に『大丈夫だよ』という後ろ盾の言葉が必要」「藤野大樹は接近戦が得意。長身の外国人とは距離をとる戦いが多くなり、焦ってつい懐に飛び込む」「淡路卓は運動量で勝負するタイプ。スタミナは後半に切れる」などと、その選手の特性を熟知し、その時に意味がある言葉をかけようという強い意識が覗える。

 日本人の特性である、チームワークの良さ、規律のプラスマイナス面などを知り尽くしたコーチングと言えよう。

 オレグコーチの指導を受けた、菅原智恵子は2005年上海で行われたワールドカップ女子フルーレで優勝。これが太田ら男子の選手の火をつけ、勝ちへの執念を生んだ。その結果として太田の北京五輪における銀メダルにつながったといえるだろう。そして徐々に外国人コンプレックスが小さくなるきっかけにもなっていった。

 オレグコーチの良さはどこにあるのか。実績がなかったものの卓越した指導力がまず挙げられるだろう。日本の水にもあったともいえる。それは日本の良さをちゃんと理解できたことも大きい。日本人ではないため、逆に日本の良さが見えたともいえる。

 菅原智恵子は「オレグはスタイルにせよ、考え方にせよ、日本のフェンシングを変えてくれた人だ。それも全部ガラッと変えたのではなく、今まであったスタイルを残しつつ、それにいろいろなものを加えていって新たなスタイルを生み出した」と語っている。

 こうしたオレグの考え方は、日本に浸透していくと同時に情報戦の重要性もしみ込んでいった。彼自身が貪欲に情報収集し、それを選手らと共有した。例えば、イタリアの選手の動画からは攻撃する際、「前に出るときは後ろ足から」などの特長をつかみ、それを実践に結び付けた。

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