最後に、シリアからロシアや近隣の中央アジアへのテロの波が及んでくることに対する警戒心もある。そもそもロシアのチェチェン人やチェルケス人などは、ロシア帝国の圧政やソ連の政策により、歴史的に多くが強制的に移住を強いられた過去もあり、かなりの人数がアラブ地域に居住してきた。そのため、シリアからのチェルケス難民をロシアが受け入れるべきだという要請が、ロシア在住チェルケス人から出されているが、黙殺されている状況がある。
加えて、最近のロシアのルーブル暴落により(拙稿「効果に乏しい欧米の対露制裁 拍車をかける中国」( http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4872?page=1)参照)、ロシアへの出稼ぎ労働者の収入が以前より半減してしまったことから(ルーブルで支払われる額は変わらなくとも、出稼ぎ労働者は外貨に両替して自国の家族に送金するため)、多くの出稼ぎ労働者がロシアを去り、自国に帰国する傾向が強まっている。
そして、そのような失業して帰国した出稼ぎ労働者にISISのリクルーターが接触し、賃金目当てで少なくない人々がISISに向かっているという報道もある。それらの人々がロシアや中央アジアに帰還した際に、ロシアや近隣諸国が不安定化する可能性があるため、ロシアとしてはISISを早期に潰したいという希望も強く持っているのである。
これらの要素はすべて除外できない、つまり複合的な要因によってロシアはシリアに介入したと考えられるのである。
実際の戦闘は?
ロシアのシリア介入に先立ち、プーチンは国際社会にISISとの戦いのために、国際的な拡大連合を結成することを呼びかけていた。最初の呼びかけは、9月15日にタジキスタンの首都ドゥシャンベで開かれた集団安全保障条約機構(CSTO)サミットでのプーチンの演説で行われ、テロとの戦いでの連携を強く求めたのだった。これが前哨戦で、その本番は、9月28日に米国ニューヨークで開催されていた国連総会におけるプーチンの演説であった。
ISISとの戦いのために、イラン・イラクも加えた「大連合」を結成する構想を提案したが、プーチンが描くシナリオが、ISISを掃討し、アサド政権を強化してシリアの安定を導くというものであったため、アサドなきシリアを目指してきた欧米諸国が受け入れるはずもなく、特に米オバマ大統領は激しく反発した。
そして、この直後、9月30日にロシアがシリアで空爆を始めたのである。前述の通り、この空爆の前にはアサド大統領の要請があり、加えて、9月30日にロシア上院は、プーチン大統領の要請に基づいてロシア軍海外派遣を承認するか否かを審議し、全会一致で承認していた。プーチンが自身の構想を拒絶されたために、空爆に踏み切ったのではないかという報道もあったが、上述のように、空爆はそれとは無関係にかなり綿密に計画させていたと考えられる。