子宮頸がんワクチン導入以前からこうした少女たちを診察してきたある小児科医はこう語る。
「治療を一言で言うのは難しいのですが、丁寧に子どもと向き合い話を聞いていくこと、その中で抑圧されていた不安や不満が徐々に表出されるのを待つことです。決して原因をほじくりだすような作業ではなく、寄り添い続けることで子どもが抑圧していた気持ちをふと語り始めることがあります。一方、身体に表現されている症状について否定したり『心因性だから』と片付けたりするのも問題です。こうした対応を行うと、大抵の場合は症状が悪化します。大事なのは今、彼女たちが置かれている環境が身体的な表現しか許していないと考え、その状態に付き合い続けることです」
科学的に正しいことを伝えても
治療の助けにならない場合がある
そして、その医師は私にこうも告げた。
「科学的に正しいことを『これが正しい診断です』と患者さんや家族に伝えたとしても治療の助けにならない場合があることについてはしっかりと胸に刻んでおかなければなりません」
世界保健機関(WHO)の試算によれば、2008年現在、世界で2500万人以上の命がワクチンにより救われている。一方でワクチンの技術は洗練され、大手製薬メーカーの開発力と資本力がなければ、安全性が高い大量のワクチンを製造する環境を作れなくなっている。そのため、ワクチンの値段は高騰しているが、その分、メーカーに求められる治験も厳しさを増している。
海外でも新しいワクチンが出れば必ずそれに反対する人が出てくる。「病気になること」のリスクはわかりやすいが、「病気にならないこと」のベネフィットはわかりにくいからだ。
例えば、アメリカでは大統領選で共和党から立候補したこともある女性議員のミシェル・バックマンが2011年9月、「子宮頸がんワクチンは精神遅延を引き起こす危険なワクチンだ」と発言して波紋を呼んだ。公開討論後、見知らぬ女性がバックマンの元にやってきて「ワクチンを打ったら娘が精神遅延になった」と泣きながら訴えたからだという。
バックマンは妊娠中絶の禁止や同性婚を禁止することなどを強く訴えてきたキリスト教系保守議員。特にレイプや近親婚などの緊急時を含めた妊娠中絶禁止の立場は保守中の保守だ。日本で純潔主義を主張する女性議員が、子宮頸がんワクチン導入に反対したのを彷彿させる。
ただし、アメリカが日本と違ったのは、バックマンの精神遅延発言の翌日には6万人の家庭医が所属する全米小児科学会が「発言には科学的根拠がなく、子宮頸がんワクチンは安全である」との声明を発表したことだ。それでも子宮頸がんワクチンのイメージは傷つき、接種率は下がったが、日本のように国が定期接種に定めたまま接種推奨を差し控えるという奇妙な事態には至らなかった。アメリカでは国民を「病気にさせないこと」に国や専門家が大きな責任を持つ。
もちろん、どんなに厳しい治験を経たワクチンでも後から思わぬ副反応が分かることもある。そのため日本でも「子宮頸がんワクチンには重篤な副反応が疑われる」との見解に対し、改めて専門家が集まって検討を行った。「重篤例の多くは心因性である」との結論が得られ、その後、結論は変わっていない。
日本小児科学会や日本産科婦人科学会には、国際学会からワクチン接種再開に向けて努力するよう求めるレターが届いている。知人のWHO職員から、MMR(はしか・おたふくかぜ・風疹)ワクチンと自閉症の騒ぎが英国から世界に波及したように(前篇記事参照)、「子宮頸がんワクチン関連神経免疫異常症候群(HANS)」の騒ぎ(中篇記事参照)が日本から世界に波及することを懸念する厳しい言葉を投げかけられた産婦人科医もいる。海外の学会に行って「日本は何やってるんだ。やり方が悪い」と何人もの外国人医師から言われたという感染症専門家もいる。
いまやHANS騒動は海外にも知れわたり、すでに日本だけの問題ではなくなっているのだ。