アップルはeSIMで何をしようとしているのか
7月16日のフィナンシャルタイムス(http://www.ft.com/cms/s/0%2Ffc78a3ea-294b-11e5-acfb-cbd2e1c81cca.html#axzz3g8LEozSd)は、「アップルとサムスンは、eSIMカードを製品化するために、移動通信の業界団体(GSMA)に参加する話し合いを最終段階に向けて進めている」と報じた。すでにアップルは昨年10月から、ユーザーが購入後に携帯通信キャリアとデータプランを選ぶことができる独自のSIMが付属したiPadを販売しているが、eSIMをiPhoneに入れようと考えているのだろうか。
普通のSIMカードには、あらかじめ一つの携帯キャリアを利用するための通信プロファイルが書き込まれている。このプロファイルを後から書き換えることができる、エンベデッドSIM(eSIM)と呼ばれる技術がGSMAで検討されてきた。GSMAはM2Mの用途に限定した技術仕様書を策定しており、日本では2014年6月からNTTドコモが、法人向けにeSIMの提供を始めている。しかし、スマートフォンなどの一般のコンスーマ向けの端末向けのeSIMの規格化は難航していると報じられている。
もし、iPhoneにeSIMが搭載されることになると、SIMは筐体に内蔵されて(あるいはソフトで実現されるかもしれない)SIMを差し込むスロットがなくなり、筐体デザインのスリム化や防水などがより容易になる。ユーザーは購入後に、いつでもiPhoneのメニューから携帯通信キャリアと、その料金プランを選んだり変更することができるのはiPadのApple SIMと同様だ。もちろんiPhoneの場合は(iPadの場合と異なり)、通話の料金プランも含まれているだろう。
Apple SIMの場合、ユーザーは自国、例えば米国内では、AT&TやSprintやT-Mobileの通常のサービスを契約し、国外で使用するときにはGigSkyというプロバイダーのローミングサービスを利用する。eSIMの場合は、その国の携帯通信キャリアの旅行者向けの短期の料金プランを利用することが可能になる。
しかし、ユーザーはアップルが用意したメニューからしか、携帯通信キャリアや料金プランを選ぶことができない。アップルは単独あるいは携帯通信キャリアと共同で、世界中の携帯通信キャリアやMVNOと交渉を行ってメニューを充実させる必要がある。その交渉の難しさと、ユーザーに提供できるメリットを考えると、アップルがiPhoneにeSIMを搭載しようとしているとは考えにくい。
モバイル通信によってApple Watchは独り立ちする
アップルはApple WatchにeSIMを搭載しようとしているのではないだろうか。Apple Watchは、iPhoneとではなく直接インターネットにつながることによって、その存在価値を大きく変えることができるはずだ。
小さい画面の制約は小さくはないが、音声やジェスチャーなどの新しい入力手段の新しい技術シーズは数多い。Apple WatchにSNSやメッセージングを最適化することもできるだろうし、自動車や家電などのインターネットにつながったIoTデバイスの状態を遠隔で確認して指示を与えることなども可能だろう。センサーによって検知した体の状態をリアルタイムでインターネットに送ることができるという前提で、新しいヘルスケアのサービスを考えることもできる。これらは現行のApple Watchでも、iPhoneと連携してできることかもしれない。しかし、iPhoneがなくても単独で機能するApple Watchのユーザー体験は大きく広がるはずだ。
eSIMを搭載したApple Watchは、iPhoneを持っていない人でも使うことができる。アップルは、ユーザーに「通信」を意識させないようにするだろう。Apple Watchをアップルから購入すれば、別に携帯通信キャリアと契約をする必要はない。国外に移動しても、その国の携帯通信キャリアと自動的に接続する(事前に訪問する国を設定しておく必要はあるかもしれないが)。
通信料金はどうなるだろう。スマートフォンに比べて、Apple Watchが通信するデータ量は非常に小さい。サードパーティのアプリケーションが使用するデータ通信を含めて、アップルが新しいサブスクリプション(利用料金)のモデルを作る必要があるだろう。ユーザーは通信料金を払うのではなく、Apple Watchとそのアプリケーションやサービスが提供する価値に対価を支払う。