2022年12月8日(木)

オトナの教養 週末の一冊

2015年12月27日

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東嶋和子 (とうじま・わこ)

科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師

元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)

農耕への移行が“ミスマッチ病”の遠因に

 著者は、ジャレド・ダイアモンドの言葉を借りて、「農業は『人類史上最大の過ち』だった」と語る。

 <農耕牧畜民は狩猟採集民よりも多くの食物を手に入れられて、それゆえに多くの子供を得られるが、その代わり、総じて狩猟採集民よりも必死に働かなくてはならないし、食事の質は低く、洪水や旱魃などの天災に見舞われてせっかくの作物が台なしになることもあるため、飢餓に直面する機会も多くなる。また、人口密度の高い集団で暮らしているため、感染症が流行りやすく、社会的ストレスも発生する。農業は、文明やその他の「進歩」につながったかもしれないが、かつてない大規模な苦難や死にもつながった。>

 いまわれわれを苦しめている「ミスマッチ病」の大半は、もとはといえば、狩猟採集から農業への移行に端を発している、というのである。

 つまり、労働事情や食生活など生活様式が劇的に変わったのに対し、身体の適応が追いつかず、人類はさまざまな健康問題を抱えるようになった。それが、著者のいう「ミスマッチ病」である。

 農業によってもたらされたミスマッチ病に対し人類は、「文化的進化」という方法――たとえば、原始的な公衆衛生や歯科技術、製陶、家畜化されたネコ、チーズ――によって予防もしくは軽減してきた。

 これらは、人類を自然選択から守る緩衝材となったが、なかには、真の解決策とはならず、「ミスマッチ病の症状に対処するだけのバンドエイドでしかない」ものもある。

 ミスマッチ病の原因ではなく症状に対処することは時として、「ディスエボリューション」という有害なフィードバックループを生むきっかけになる、と著者は指摘する。一時しのぎの対処は、ミスマッチ病をいつまでも存続させ、場合によってはさらにひどくする悪循環を招くというのだ。

産業革命により増幅されたミスマッチ

 農業によってもたらされたミスマッチ病は、250年前の産業革命による環境の激変により、さらに増幅される。それまでとは別の種類の、食べ過ぎや運動不足によるミスマッチ病で、たとえば糖尿病や心臓病、骨粗鬆症やアレルギー疾患、アルツハイマー病などである。

 農業の発明は食糧の供給量を増大させ、質を低下させたわけだが、食の産業化はその効果をさらに大きくした。「人類はあまたのテクノロジーを開発して、桁違いの量の食品を生産してきたが、それらの食品はたいてい栄養的には貧しくて、豊富なのはカロリーだけだ」とは、なんと皮肉なことか。

 しかも、産業革命は人類の身体活動のありさまを一変させた。われわれの多くは、職場ばかりでなく、一日のほかの時間においても動かなくなっている。

 昔はほとんどなかった刺激(たとえば糖など)がありすぎることによって生じる「裕福病」、逆に、昔はありふれていた刺激がなさすぎることによって生じる「廃用性の病」。これらの疾患の原因を除去できなければ、「ディスエボリューションの致命的なフィードバックループが始まって、いまの環境をそのまま子供たちに受け渡すことにより、それらの疾患をいつまでものさばらせるばかりか、さらに広めてしまうことにもなりうる」と、著者は警告する。

 おいしい食べ物があふれ、身体を動かさなくても支障なく生活できる環境は、快適で捨てがたい。それだけに、病気になると知ってはいても、是正することなく次世代へ伝えてしまう。そしてまた次世代が同じ病に蝕まれる。

 この悪しき進化、著者のいう「ディスエボリューション」の拡大はすでに始まっており、「アメリカの次世代は、親より長生きできない初めての世代となる危険を冒している」という事実は、ショッキングだ。

 <先進国における障害と健康不良はかなりの部分まで、この廃用性の病と呼ばれる疾患のせいだ。いったん生じてしまうと、この種の疾患はだいたい治療するのが難しい。しかし、私たちの身体がどう成長し、どう機能するように進化したかに注意を向けさえすれば、おおよそ予防が可能なのである。>

 とすれば、本書を読むことが、ミスマッチ病を予防する一歩となるだろう。悪しき進化を食い止めるか、拡大するかは、われわれの選択にかかっている。

  
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