近年の医学の進歩によって、人類はいくつかの病に打ち勝ったかのように見える。ところが、よく目を凝らすと、パワーアップした耐性菌が現れたり、別の”敵”が台頭したり、がんや糖尿病、骨粗鬆症、アレルギー疾患といった現代病に悩まされたり。人類は「進化」しているどころか、脆弱化してきているのではないか、とさえ勘ぐりたくなる。人類の身体はこの先、どこへ向かっていくのだろうか。
「進化生物学」あるいは「進化医学」という観点から、人類の身体と病気との関係を探求したのが、本書『人体600万年史』(上・下巻)である。
近代の医学では、病気を治すために、病気の直接的要因と症状への対処法を考える。これに対し、進化医学では、生物の長い進化の過程に病気の遠因を見出そうとする。
著者のダニエル・E・リーバーマンは、ハーバード大学の人類進化生物学教授。ヒトの頭部と「走る能力」の進化を専門領域とし、靴を履かずに走る「裸足への回帰」を提唱している。本書でも、「足にやさしい」とうたう靴が、いかに足の発達を妨げ、足を傷つけているかを説く章がある。
人類が類人猿と分岐した600万年前、すなわち、われわれの遠い祖先が直立二足歩行を始めた瞬間にさかのぼって、新しい行動様式とともに人類が獲得してきた適応構造を見てくると、「裸足の教授」の主張がすとんと腑に落ちる。
400万年前にはアウストラロピテクスが、250万年前にはホモ属が登場して地球上の各地に散らばった。さらにずっと後の20万年前にようやく、われわれの種であるホモ・サピエンス(現生人類)が出現した。この長い長い進化の時間に、自然選択の作用を受けて、われわれの身体の基本的な仕組みがかたちづくられてきたのである。
われわれの身体をこしらえてきた600万年という歴史を考えれば、次の革命的変化が起きた1万年前というのは、つい最近のことといえる。すなわち、農耕が始まって、それまでの長い狩猟採集生活から定住生活へ移行したときである。