チャイナ・ウォッチャーの視点

2015年12月31日

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平野 聡 (ひらの・さとし)

東京大学大学院法学政治学研究科教授

1970年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授。アジア政治外交史担当。著書に『大新帝国と中華の混迷(興亡の世界史17)』(講談社)、サントリー学芸賞を受賞した『清帝国とチベット問題 多民族統合の成立と瓦解』(名古屋大学出版会)がある。

 したがって、どれほど日本の側が相互主義的な発想で「日本が譲歩すれば中国も譲歩する」と思い込み譲歩するとしても、それは基本的に意味がない。しかも、この類いの譲歩を引き出すためにも、中共はかねてから「統一戦線工作」を展開してきた。

 統一戦線工作とは、中共が国内外で不利な情勢を跳ね返して主導権を得るため、中共の外側にいる人々と広く連帯する、あるいは有り体に言えば、様々な利益と引き換えに抱き込むことを指す。外交関係についていえば、まず「中国こそが平和的で友好的であり、諸外国の立場は間違っている。外国は歴史上、中国の利益を吸って発展したが、いつかこのような不均衡な関係は清算されるべきである」と強調する。そして、「良心の呵責」を感じた外国・外国人が自らの立場を正し、中国の発展に心から賛同し協力するのであれば、中国も胸襟を開いてそのような国家・組織・人物を抱擁し、中国との関係における便宜と利益を提供するということである。

世界に蔓延する「統一戦線工作」的手法

 総じて、ある国家・組織・人物の「友好度」を判断するのは、「弱者」と称する中共の側であり、決して相互的なものではない。それゆえ、中共の都合次第で「弱者」と「強者」の関係が変わったとみれば、「友好国・友好人士」は呆気なく切られる運命にある。それは例えば、人民共和国の建国当初、台湾に逃げずに中共に協力した民族資本家や少数民族エリートがたどった悲惨な粛清の運命然り、鄧小平の「熱意」に応えて中国に莫大な協力を惜しまなかった日本政府や日本企業然りである。「東アジア共同体」を掲げて国会議員の大使節団を北京に送った民主党が、その後尖閣問題で見事に足下をすくわれたのも、結局のところこのような「統一戦線工作」の枠組みにはめ込まれていたことを示すに過ぎない。

 筆者の見るところ、このような世界観と手法による中国の台頭は、確かにここまで戦火に及ばず「平和的」に進んだかも知れない。しかし、究極のところそれは決して平和的ではなく、中国が台頭すればするほど国際社会に軋轢を生じるものであった。その結果、日本との関係にとどまらず、世界各国との関係においても、いつの間にか中共の「統一戦線工作」的手法が蔓延し、各国が翻弄される状況が一般化している。その中で個々の国・アクターは、中国が所詮遠くにあることを幸いとして、短期的な利益に基づいて中国の立場に理解を示して接近するのかも知れないし、あるいは中国が繰り広げるゲームの構図に乗るまいとして抵抗し (例えばベトナム・フィリピン)、中国から激しい非難と実力行使に晒される。これこそが、イスラーム原理主義の問題と並び、2015年の末までに明らかになったグローバルな国際関係の一大問題ということになろう。

『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(日経BP社、2015年)

 この問題を考える上で、マイケル・ピルズベリー氏(野中香方子訳)による『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』(日経BP社、2015年)は実に示唆に富む。

 ピルズベリー氏は長年CIAをはじめとした米国の情報・研究機関で働き、外交アドバイザーとしての役割を果たしてきた人物である。とりわけ、米ソ冷戦を米国有利に進めるためにも対中関係を劇的に転換し強化してきたキッシンジャー外交の立役者であり、米国有数のPanda Hugger (パンダを抱く者=親中派) のひとりであった。

 しかし本書は、米中関係の強化によって中国を米国流の自由で民主的で豊かな社会へと引き入れ、国際社会において米国と協調して主導的な役割を担うようにさせるという戦略が、完全なる誤りであったことを「懺悔」する。

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