チャイナ・ウォッチャーの視点

2015年12月31日

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平野 聡 (ひらの・さとし)

東京大学大学院法学政治学研究科教授

1970年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授。アジア政治外交史担当。著書に『大新帝国と中華の混迷(興亡の世界史17)』(講談社)、サントリー学芸賞を受賞した『清帝国とチベット問題 多民族統合の成立と瓦解』(名古屋大学出版会)がある。

 ピルズベリー氏が強調するのは、1949年の中華人民共和国建国以来、どれほど凄まじい政治的混乱が繰り返されながらも、中国は総じて、欧米日によって19世紀以来壊されてきた歴史の栄光を取り戻すため、春秋戦国時代以来の戦略論に即して国際情勢の「勢」を慎重に読み、着々と手を打ってきた、ということである。とりわけ、中国が先進国から受けた莫大な援助による発展は、中国が既存の国際関係の良き参加者となるためではなく、当面目的は一切ひた隠しにしたうえで、いつか既存の先進国と国際関係を完全に凌駕するためであると説く。この結果、中国の息の長い「100年マラソン」(2049年=人民共和国100周年を、「中華民族の偉大な復興」達成のタイミングと位置づけ、意図をなるべく外界に知られず息長く走り続けること)に対する米国の対応は、既に手遅れの域に達したという。

中国に対する米国の大きな誤解

 では、何故こうなるまで米国は中国の意図を見抜けなかったのか。ピルズベリー氏は以下の誤った認識を列挙する。

 (1) 中国とつながりを持ちさえすれば、米国は世界レベルの問題で中国の協力を得られる。

 (2) 中国は民主化に向かいつつある。

 (3) 中国は、「常に危機に直面している」という中国側の認識に基づいて、救いの手を差し伸べるべきである。

 (4) 中国は米国のようになることを望み、実際その道を歩んでいる。

 (5) 中国の極端なナショナリストの立場は弱く、改革派の方が強いと思い込む。

 以上を換言すれば、米国は中国について「古く雄大な歴史を持つにもかかわらず衰退してしまった哀れな国家であり、しかもソ連の脅威にあえぐ中で心から救いを求め、《西側》と同じような価値観を共有する国家に生まれ変わりたいと願っている。したがって米国は、責任ある超大国として彼らを助けなければならない。ゆくゆくは、米中両国が日本などとの関係よりも圧倒的に強力なパートナーシップを結び、世界の秩序を新たな段階へ進ませることができる」と見ていたことになる。

 確かに、中国の一部の改革派は自由で開かれた国際社会の一員となることを願ってきたし、筆者(平野)も、そのような声には心から共感する。しかし、ピルズベリー氏が苦々しくも告白しているように、少なくとも胡耀邦氏と趙紫陽氏の失脚以来、それが中共の願望であったことは一度もない。このことは、中共の機関紙『人民日報』や、その子会社の極右国際情報紙である『環球時報』を昔から日々観察すれば一目瞭然である。

 筆者(平野)は80年代、世界史を学ぶ高校生だった頃からチベット問題の深刻さに気付き、さらに1989年の大学入学直後に六四天安門事件を見聞したことで、中国ナショナリズムの言説に根本的な疑問を抱いた。そこで学部生の頃から日々大学図書館で『人民日報』を読み続け、さらに研究者となったものである。このため、中共が「韜光養晦」の低姿勢から「中国夢」の高圧的姿勢に移行しても全く驚かないどころか、むしろ思いのほか早く彼らの思想的本質を露わにしたものだと思った。

 このため筆者としては、ピルズベリー氏の議論には完全に同意しつつも、同時に「情報機関の莫大な予算とマンパワーがあれば、これくらいのことは容易く知り得たのに、何を今さら」の感を否めない。しかし、米国人のほとんどは漢語の微妙な含意を正確に判断できず、華やかな、あるいは親密な雰囲気の会合で「中国は弱く多難である。中国の平和的台頭と中米の共存に向けた協力を望む」と言われれば、それが裏表なき中国の願望だと判断し、以来、米中両国は裏で膨大な軍事協力を積み重ねてしまったのだという。確かに米国は、尖閣問題が中共の挑発により先鋭化する中でも、日米安保に即して尖閣を防衛する旨をなかなか明確に示さなかった。

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