ほどよいスペースの館内に、世界中の名画・名作が集っているからでしょうか。
こんな場所が家の近くにあれば足しげく通うのに……
訪れた人をそんな気持ちにしてしまうような美術館がありました――。
メナード美術館のある小牧市は、感覚としては名古屋市の隣にある。名古屋にいた高校時代、全校マラソン大会で、小牧まで往復して走った。フルマラソンの42.195キロかどうかは定かでないが、行って帰ったらふらふらになった。
メナード美術館の設立は昭和62(1987)年というから、そのころはまだなかった。でもコレクションを始めたのはその20年ほど前からだという。そしてメナード化粧品の会社設立がさらに前の昭和34年。だんだん自分の高校時代に近づいてくる。戦後10年ほどたって、世の中はやっと少し前向きになってきていた。美術雑誌の図版も少しずつ印刷がよくなり、近代絵画への憧れも少しずつ加速度を増していったころだ。
メナードは化粧品会社である。残念ながら男性には、なじみがない。でもわが家には姉が3人いて、当時それとなく、化粧品の訪問販売の話が耳に入ってはいた。メナード化粧品は、その前身も加えれば、戦後5年くらいから仕事を始めているようである。
美術館は図書館や市役所のある、風致地区ともいえる静かな場所にあった。石造りの壁をめぐらせた一階建で、無駄なく落着いている。美術館としては小ぢんまりとした印象だ。
館内は中庭を中心に展示室がぐるりと囲んでいる。ゆったりとした空間だ。第一室にはマリノ・マリーニの大きな彩色木彫作品「馬と騎手」があった。像高1.8メートルという大きなもので、それ一つで悠然と一室を占めている。
木質が親しみやすく、大きいけれど柔らかい彫刻作品だ。彩色といっても派手派手しいものではなくて、木地の色を生かしながら、淡い墨と、かすれたような白い色が、抽象絵画のように散らばっている。彩色だから絵画的というより前に、彫った鑿〔のみ〕の跡が表面にさまざまなエリアを形作り、その感覚が既に絵画的なのだ。と書くと何か手藝的なイメージを抱くかもしれないが、全体の形は力強い。馬上の騎手は両手をピンと広げ、顔面は天を仰ぎ、馬も四本の脚を真っすぐ柱のようにおろして、首を前方に橋桁みたいに突き出している。
この作品は開館のときからこの第一室に据え置かれて、この美術館のシンボルみたいになっている。