2022年11月26日(土)

あの負けがあってこそ

2016年1月30日

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日本人初に挑戦するも人生最大の敗北を味わう

Continental Divide Trail(CDT)にて

 アメリカのカナダ国境からメキシコ国境までロッキー山脈を縦走するContinental Divide Trail(CDT)という世界最長クラスのトレイル(山道)がある。高低差が激しく難易度の点でも世界トップクラスとされている。

 阿部は通っていたロッククライミングのジムで、日本人ではまだ誰も踏破していないことを知った。その瞬間、「自分がやれば日本人最初になれる」と胸を躍らせた。

 「当時の僕は『このまま冒険を続けていていいのだろうか』と迷っていた時期だったのです。友人たちは結婚したり、仕事でもそれなりのポジションに就きつつあるときです。周りがどんどん落ち着いてきているのに、自分はこれでいいのだろうかと……。そんなときだったので、冒険しかできない僕は、『日本人初』を成し遂げれば周囲の目が変わるだろうと思ったのです」

 日本語の情報は無く、情報収集は全てインターネットで海外から集めた。
阿部はロッキー山脈の中を地図とコンパスを頼りに、20kgの荷物を背負って総行程4200km、5カ月間にも及ぶ冒険に挑んだ。

 ただでさえ難易度が高いトレイルだ。現地では単独踏破を目指す阿部に対して「無謀だ。山に殺されるぞ」とか「グリズリー(ヒグマの一種)には気をつけろ」と忠告とも脅しとも取れる言葉を掛けられた。

 こうしたロングトレイルはチームを組んで挑戦するケースが多く、単独で行うのはかなり少数派である。それだけ危険度が高まるということだ。阿部は毎日13~14時間、多い日には40~50kmも歩くことがあり、雪に凍え、雪崩に怯え、巨大なグリズリーの足跡に恐怖したこともあった。

 またCDTには未整備の箇所が多く、そこで事故に遭ったら発見される可能性は低いだろう。深い山の中では、会う人もないままに道なき道をひたすら進んでいった。まさに自然との壮絶な闘いであり、その一歩一歩は生死を分ける決断の連続である。

 このチャレンジの目的は日本人初になることだった。しかし……

 「僕よりも先にチャレンジして、2週間前に踏破した日本人がいることを知ってしまったのです。もちろん1番になることだけが目的ではありませんが、『ここまで頑張ったのに、なぜ2番なんだ!』と悔しくて、気持ちの整理がつかないままゴールしました。残りの行程は消化試合のようなものです」

Great Divide Trail(GDT)にて

 阿部は悔しい気持ちを消化し切れず、次なる「日本人初」の目標をカナダのGreat Divide Trail(GDT)に絞った。カナダとアメリカの国境からカナダ側に進み、標高3954mのロブソン山頂付近がゴールである。総行程1200km、42日間の計画だ。年間数人しか挑む者のない難易度の高いトレイルで、やはり日本人が踏破したという記録はなかった。阿部はここにCDTにおける不完全燃焼の思いをぶつけた。

 だが……

 「誰にも会わないような山の中でカナダ人に出会いました。二人とも嬉しくなって話をしていると以前にも奥さんといっしょにこのコースを踏破したというんです。てっきりカナダ人かと思って『奥さんも凄い人だね』と返すと、なんとその方は日本人だったのです。結婚してカナダ国籍になっていたため日本人としての記録が無かったということです。

 たまたま山中で出会った人の奥さんが日本人で、すでに踏破していたなんて。記録には残っていなくても、あまりにも悔しいじゃないですか。まだ半分も残っているというのに、自分が一番になれないと知ってからは、どんどん楽しくなくなっていきました」

 希望から一転、阿部は残りの行程を「世の中を憎むほどの悔しさを胸に」と形容している。それでも完全踏破して、GDTの旅を終えた。まさに自分自身との戦いだった。

 このとき阿部を支えたものは、応援してくれる人たちの思いに応えるためであり「ここで投げ出せば一番大切なものを失ってしまう。始めた以上は最後まで歩き抜く」という冒険家のプライドだった。

 阿部にとって人生最大の敗北とは、この両ロングトレイルで「日本人初」になれなかったことを挙げている。

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