2022年12月6日(火)

あの負けがあってこそ

2016年1月30日

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「あの負け」から得たものとは

粋でいなせな車夫姿(浅草にて)

 「もともと僕は、日本人初や1番になりたかったわけではありません。当時は周囲の環境や期待などに惑わされて、本当に自分がやりたかったことを見失っていたのです。あの負けを経験して、自分は冒険を通して何がしたいのか再認識しました。それは、人生を後悔しないために、子どもの頃から憧れていた冒険家になって、夢を追い続けたいというものです。そして冒険の素晴らしさを伝えたいとも思っています。悔しい思いをしながら、最後まで歩き続けたあの経験はかけがえのないものだと思っています」

 あのとき、もし「日本人初」や「1番」になっていたとしたら、その後の冒険も記録を追い求める旅になっていただろうし、記録を追うあまりに、やりたくない挑戦までしなければならなかったかもしれないと阿部は言う。そして慢心も生まれたはずだ。

 「恩師の大場さんは『人間なんて自然の前ではひとたまりもない存在だから、常に臆病で謙虚にならなければいけない』と教えてくれました。感謝、尊敬、畏怖、畏敬です。僕も自然の中で、様々なことを経験しながらその意味を深く理解していきました。」

 阿部はアメリカ、カナダのあとは、アラスカ~カナダ間のユーコン川で単独カヌー750kmのトレーニングの後に、南米のアマゾン川2000kmの単独筏下りにも挑戦している。

阿部さんはこれからも夢を追い続けていく(CDTにて)

 最後にこれからの目標を尋ねると、2017年に「南極点単独徒歩到達」を目指していると返ってきた。それは1912年に日本人として始めて南極点を目指した白瀬矗の軌跡をたどり、「クジラ湾」と呼ばれる地点から「大和雪原」を目指し、さらには白瀬が断念した南極点に単独で向かうというものだ。

 「すでに何人かの冒険家が南極点に到達していますが、白瀬矗と同じコースで到達した人はいません。同じ秋田県人であり、浅草にも住んでいたことがあるそうです。僕は使命感から、白瀬矗の遺志を継いで、必ずやり遂げ、完結させたいと思っています」

 力みのない自然体こそが冒険家、阿部の魅力なのだろう。2016年2月、阿部はプレ南極遠征としてグリーンランド単独徒歩1200kmの冒険の旅に出る。

極地冒険家 夢を追う男・阿部雅龍
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