2024年4月23日(火)

対談

2016年2月24日

井上 資本家、つまりキャピタルクラスか、クリエイティブクラスしか生き残れないとするなら、クリエイティブクラスまでには全員を入れるくらいの意気込みが必要ですよね。キャピタルクラスとクリエイティブクラスからお金をいただいて、それを元手にすべての子どもたちをクリエイティブクラスに育てていく。

飯田 それがうまくいかないと、日本は新興国と賃金切り下げ競争をすることになります。たとえばプロの「おもてなし」、高度なホスピタリティを提供するサービスは感情に関わるものなので、AIはそう簡単には代替できないでしょうし、そこをもっと重視すべきだと思います。

ホスピタリティという付加価値

井上 フレイとオズボーンの『雇用の未来』ではホスピタリティはあまり考慮されていなくて、消える可能性が高い仕事にバーテンダーなども入っていますが、ちょっと違和感があります。

 バーテンダーは機械的にお酒を出す仕事ではなくて、場を和ませたり会話を弾ませたりといったホスピタリティ能力を必要とされます。ウェイターやウェイトレスはすでに一部が機械に代替されていますし、ファストフードやコンビニもレジから人がいなくなるかも知れませんが、ちょっと高級な店や特徴のある店は、生身の人間が給仕し続けることになると思うんですよね。コンシェルジュがいるような高級感が売りのホテルと、機械でチェックインするビジネスホテルが共存するのと同じです。

 「クリエイティブクラス」という言葉は、そういったホスピタリティという付加価値を生み出す人たちも含めて考えるべきなのかも知れません。

飯田 一握りのキャピタルクラスは世界のどこにでも住める人たちなので、日本で稼げなくなれば移住してしまいますが、その下のクリエイティブクラスにはそこまでの自由はない。だから社会のサステナビリティのために少しずつ拠出することが、自分の子どもたちのサステナビリティになるという説得は、ロジックとしては通っていると思います。ホスピタリティで競争できる人が多ければ多いほど、人によるホスピタリティをサポートするための技術革新が潜在成長率を引き上げていくでしょう。そうならなければ衰退国へ一直線です。日本はどちらに転んでもおかしくない。

井上 どっちに転ぶかはわからないですよね。


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