2024年4月20日(土)

対談

2016年2月24日

多様なコミュニケーションを生む都市の「規模」

飯田 問題は、クリエイティブクラスが食べていける土壌は人口集積地にしか存在しないということです。キャピタルクラスはどこに住んでもいい。クリエイティブクラスは人がいるところでしか仕事にならないし、集まっていないとそもそもクリエイティブになれない。

井上 「巨人の肩の上に乗る」という言葉がありますよね。過去の文化や知恵の蓄積があって初めて新しい発見ができる。そういった集積の上でクリエイティビティが生まれるのであって、そこには人と会うことで得られる暗黙知もあるのだろうと思います。人のいない寒村に住んで独学で学び、本やネットで情報を集めてクリエイティビティを開花させるのは相当に難しいけど、隣に「巨人」が住んでいれば手っ取り早い。クリエイティブクラスがバーベキューやワインパーティーを開きたがるのは、人と会う機会をつくることにメリットを見出しているからですよね。
 

飯田 インフォーマルコミュニケーションを取りやすく、コミュニティ形成が起こりやすい規模の都市が必要ですね。そこでは通勤時間の長さがかなり分かれ目になってしまう。出生率は通勤時間に依存しますし、平均初婚年齢も非正規労働者の割合と通勤時間の長さに依存します。通勤時間が長いとバーベキューをやる時間も体力もなくなってしまう。

井上 そもそも出会えない。

飯田 恋愛なんてインフォーマルコミュニケーションの最たるものですからね。クリエイティビティや暗黙知の共有も恐らく同じだと思います。集積だけ見れば「東京一極集中すべき」という議論もできるんですが、通勤時間を見るとやはり長過ぎることの弊害が出てくる。

井上 そこで『「30万人都市」が日本を救う!』というわけですね(笑)。

飯田 共著者の田中秀臣さんは、「50万人商圏にはアイドルがいる」とおっしゃっていました。その地方だけで有名なローカルタレントやラジオパーソナリティは、それくらいの規模がないと存在できない。テレビもラジオもその規模の商圏がないと広告料が入らないから、キー局の番組を流すしかなくなってしまうんです。

井上 ローカルなコンテンツが生み出されない限り、その地域がクリエイティブにはなりえない。

飯田 かといってラジオパーソナリティを10人移住させても経済成長しない(笑)。リチャード・フロリダは同性愛人口の占める比率である「ゲイ・レズビアン指数」を都市の創造性を表す指標として挙げていますが、クリエイティブな空気に惹かれて多様な人たちが集まっているのであって、その逆ではない。つまりラジオパーソナリティも同性愛者もここでは多様さを生む「何か」の代理変数なのですが、その「何か」がわからない。

井上 自由や寛容なのでしょうか。アメリカの法学者エイミー・チュアは、『最強国の条件』という本で、最も寛容な国こそがその時代の最強国になるという考えを示しています。そうした国には、差別されたり弾圧された人たちが集まる。金融のノウハウを持ったユダヤ系の人たちが集まって、世界の金融センターになったりして栄える。日本の都市や地域にも同じことが言えるかも知れません。寛容な都市や地域にこそ、多様な人々が集まり、クリエイティビティが醸成される。

飯田 歴史作家の佐藤雅美さんは、江戸時代は「政策的には何もしていない時期」ほど発展して、真面目に政治をすると停滞する、その繰り返しだったとおっしゃっていました(笑)。僕は文化文政期が大好きですが、政策的にはほとんど何もしていない。でも自由な雰囲気があるんですよね。ローカルアイドルでもラジオパーソナリティでもいいのですが、その余裕を生み出す根本に何があるのか、これから3年かけて掴むというのが僕の目下の課題です。経済学という分野も、こういう方向性を失うとつまらなくなるし、魅力的な人材が入ってこないんじゃないかという危機感がありますね。

井上智洋(いのうえ・ともひろ)
駒澤大学経済学部講師。慶應義塾大学環境情報学部卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2015年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。著書に、『新しいJavaの教科書』、『リーディングス政治経済学への数理的アプローチ』(共著)などがある。

飯田泰之(いいだ・やすゆき)
1975年東京都生まれ。エコノミスト、明治大学准教授、シノドスマネージング・ディレクター、財務省財務総合政策研究所上席客員研究員。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書に『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

  
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