『患者さんに伝えたい医師の本心』(髙本 眞一 新潮社)
著名な医師が書いた体験的医療論、と聞くと、これまで多くの患者を完治に導いた医療技術の自慢か、そこから引き出した一方的な医療論、などとつい思ってしまうが、本書はそうした類書とはまったく違う。
東京の三井記念病院の院長である著者は、日本心臓血管外科学会理事長を務めた心臓血管外科のエキスパート。しかし冒頭は病死した妻の話だ。糟糠(糟糠)の妻を闘病11年の末、乳ガンで亡くした体験から、専門外の領域では医師も「単なる患者の家族」と説き起こす。
そして、アメリカから帰国後に研鑽を積んでいた埼玉医大で、上司への意見具申によって左遷され、左遷先の病院で「虚脱状態」に陥っていた時、医師の知らないことを逆に患者に教えられ、「病気を治すのは患者さんの命の力」と思い知った話……。
通読して感じるのは、「患者と共に生きる医療」志向と、信念を持って医療改革を行う改革者の姿。自分の病院の改革は当然だが、医学界に今なお残る陋習(ろうしゅう)にも果敢に挑み、さまざまな分野で実際に成果をあげてきた。
「東大医学部教授時代には、教務委員長としてカリキュラムの全面改定やチューター制度の導入など、医学部長らの壁を押し切って断行していますね。母校の恥部をも描いたわけですが、周囲の反響は?」
「反発もありますが、〝あの人しか書けん〟と言う声も。いや、正論を吐くべき時は吐かんといかんのです。我々の世代が小さな利害関係に汲々としていると、被害をこうむるのは後輩たちになりますから」