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2016年4月5日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

東京大学先端科学技術研究センター特任助教

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)、『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版)。『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

(中略)

 もちろん、シリアにおける軍事作戦は相応の負担を必要とした。しかし、その大部分は国防省の物資であり予算である。すでに2015年の国防省予算には訓練及び戦闘準備のために330億ルーブルが割り当てられていた。我々は単にその予算をシリアにおける部隊集団の支援のために付け替えただけである。演習の方が実際の戦闘活動より訓練効果に優れるなどと考える者は居るまい。このようにしてみれば、燃料や戦闘用予備物資を、演習場ではなく戦場で使って良かったということになろう。ほかでもないプロの諸君はこの点を理解している筈だ。

 もちろん、シリアで使用された我が軍の弾薬、武器、装備品、整備用品を増派するためには追加支出も必要であった。これらの支出は当然であり、また必要なものでもあった。というのも、戦闘環境下において使用された多くのものが実際的に検証され、その問題を発見して除去することができたからだ。これは我が国の国防力を強化し、ロシアの安全保障に関する戦略的及び当面の課題を解決するための支出であった。将来、高い代償を支払わなくてもいいように、我々は今できることをしなければならない。

(翻訳ここまで)

実験場にされたシリア

 ここでのポイントは主に2つある。

 第1に、シリアが新兵器の実験場であると大統領自身が半ば認めている点である。

 昨年11月、トルコによるロシア空軍機撃墜を受けてロシアがS-400防空システムを配備した際にも、軍は「旧式のS-300ではなく最新鋭のS-400を持ち込んで実戦環境でテストを行いたい」とプーチン大統領に直訴したとされる。プーチン大統領の演説からは、ロシアがS-400に限らず、最新鋭兵器全般に実戦経験を積ませる貴重な機会としてシリア紛争を認識していることが窺われよう。プーチン大統領自身も述べているように、実戦での証明を経た(いわゆる「コンバット・プローブン」な)兵器は、演習ではわからない様々な問題点を洗い出すことでより実用的となり、武器輸出市場においても有利とされる。

 プーチン大統領はここで「将来の代償」を払わなくてもいいように平時から兵器開発を進めなければならないと述べているが、ここで引き合いに出されているのは(本稿では割愛)、第二次世界大戦当時、ドイツの優秀な軍事技術に対してソ連が苦戦した経験である。ロシア語には思わぬテクノロジーのギャップによって軍事的に盲点を突かれることを示す「技術的奇襲」という言葉があるが、そのような言葉が生まれるほどに独ソ戦緒戦の敗北はロシアに深いショックを与えた。そのようなことにならないために、あらゆる機会を捉えて軍事技術の進歩を図らなければならない、というのがプーチン大統領のここでの主張である。

 第2に、シリアでの実戦はロシア軍の練度を向上させる訓練効果があるとしている点で、シリアが新兵器の実験場であるという以上に身も蓋もない。ただし、これはかなりの額に上ると見られるシリアでの戦費を正当化する意味もあるように思われる。

 プーチン大統領によると、シリア戦費は本来の訓練予算330億ルーブル(の全部ではないだろうからその一部)プラス「追加支出」とされている。その総額は不明だが、各種の推定では1日あたり200万ドルから800万ドル程度掛かっているとされ、これに基づけばこの半年間では3億6000万ドルから14億4000万ドルほどになる。

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