「子どもにとって捕まって鬼になるのは悔しいこと。とくに年少児の段階では自分の感情が十分コントロールできないので、言い争いになったり、泣いたり、女の子同士で平手打ちが飛ぶこともあります(笑)。しかし、この心の底から湧いて出てくる悔しいという気持ちと折り合いをつけなくてはならないこともある。そのことを『鬼ごっこ』を通じて学ばせたいと思っています」(天野園長)
このレポートでも再三指摘しているとおり、風の谷幼稚園では体感を非常に重視している。つまり「頭で理解すること」と「体で知る」ことは別物であり、大切なことを教えるためには頭で理解するだけでは不十分と考えているのだ。必死で逃げたけど捕まった悔しさが体中にほとばしっているときだからこそ、気持ちの切り替えを教える最高の機会だ。先生たちはこの機会に、一人ひとりと正面から向かい合って、気持ちを切り替えるということを丁寧に教えていくのである。
また、鬼ごっこに慣れてくると、子どもたちは鬼の行動を観察し、「どうしたら捕まらないか」という答えを直感的に導き出し逃げ回る。迫る鬼の緊張感の中で「状況に合わせて行動できる力」が少しずつ芽生え、育っていく。
では、鬼ごっこで社会性が育つというのはどういうことなのだろう?
「現実を受け入れて自分が鬼になることを経験することは、鬼になりたくないけどなった人の気持ちを理解することにもつながります。『遊びの中で社会性が育つ』と言いますが、この実現に大切なことは、子どもたちが本気になって体で感じながら遊ぶことです。自分が本気になって頑張り悔しい思いをするからこそ、同じ立場に置かれた人の気持ちが分かるようになり、思いやりの心が育っていくのではないでしょうか」(天野園長)
つまり、「鬼ごっこ」を通じて自分のことしか見えていなかった年少児が、少しずつ他人の気持ちに思いを寄せ始めるようになってくる。ここでも密着レポート第6回で述べた「人と心を通い合わせる原体験」が用意されているのである。
実に奥が深い話だが、「何を教えるか?」以上に「どのような意図を持って教えるか?」によって教育の意味や価値はまったく違ったものとなるということであろう。子どもに戻って風の谷幼稚園で「鬼ごっこ」をしてみたい。こんなことを思わず考えてしまうのは筆者だけではないだろう。
※次回の更新は、12月10日(木)を予定しております。
風の谷幼稚園
園長・天野優子氏が、理想の幼児教育を実現するためにゼロから建設に乗り出す。様々な困難を乗り越え、1998年に神奈川県川崎市麻生区に開園。「人間が人間らしく、誇りを持って生きていく」ための教育を実践している。
■「WEDGE Infinity」のメルマガを受け取る(=isMedia会員登録)
週に一度、「最新記事」や「編集部のおすすめ記事」等、旬な情報をお届けいたします。