2024年11月22日(金)

ヒットメーカーの舞台裏

2009年12月14日

 ハサミに限らず、文具にはその機能の完成度が高いものが多い。勢い、「改良の余地は少ないと思い込んでしまいやすい」のだが、そういう時は「お客さまの声に改良のヒントがある」というのが、クリヤーブック以来の岩津の持論であり、開発では欠かさないプロセスとしてきた。

3つの改善点

 ユーザーからは、3つの項目が突出して指摘された。1長時間使うと手が痛くなる2切れ味が長持ちしない3テープなどの粘着剤が刃に付着して困る─というものだった。ある程度予想できた結果だったが、岩津は「3つをすべて飛躍的に解決しよう」とメンバーを鼓舞した。社内では沈静化気味だったユニバーサルデザインへのこだわりも訴えた。「新しい発想の要素を加えることで、全然違った切り口が出てくる」ことを、やはりクリヤーブックの開発で強く実感していたからだ。

 その最大の成果が、手の痛みを和らげる「エアークッション」という奇抜なハンドルの形状だ。通常は硬い樹脂のハンドルに刃の部分を装着するのだが、指の当たるハンドルの内径部に柔らかい樹脂をはめる2層構造とした。単なる2層構造ならこれまでもあったが、岩津は内径部の樹脂に2つの穴を開けるデザインとした。ハンドルに通す3本の指に内径の樹脂が柔軟にフィットする。一方で指は適度に固定しやすい。

 2番目の切れ味の低下に対しては、2枚の刃を金属のピンで接合する「カシメ」部分を改善した。カシメ部分は強く接合すると操作が重くなるし、弱く接合すると刃に隙間が生じて切れ味が落ちるという「二律背反の要素」(岩津)がある。そこで、それぞれの刃のカシメ部にクッションとなる樹脂リングを装着して長期の使用でカシメ部分が緩むのを防いだ。

 テープなどの粘着剤が付着する問題でも、従来の手法は捨てて、刃の構造の見直しからアプローチした。これまでの粘着剤対策は、刃の部分にフッ素をコーティングするのが一般的だった。しかし、ハサミは刃と刃が接するので徐々にコーティングが剥がれ、やがて糊が付着することになる。

 エアロフィットでは2枚の刃を閉じた状態で、双方の刃が密着しないよう段差のある構造とした。閉じた状態では2枚の刃の間は中空状態となる。仮に糊が付着しても、やがて乾燥して脱落しやすいようになっているのだ。

 いずれのテーマも、ユニバーサルデザインの再確認という取り組みにより、「切れ味」の鋭い解決につなげた。岩津は「現時点でできることはすべてやった」と言うが、同時に「商品に『完成』ということはない」とも。ユーザーからすれば、それぞれが完成の域にあると思える文具の世界だけに、このハサミの進化に共感が集まるのだろう。(敬称略)


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