2023年2月4日(土)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2016年5月20日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

 今回のフィリピン大統領選では、当選を確実にしたドゥテルテ氏の得票率は、非公式の開票率およそ90数%の段階(19日時点でまだ確定得票は出ていない)では、38%ほどの1600万票となっている。一方、ドゥテルテ氏のライバルとされた2位のマヌエル・ロハス前内務・自治相は970万票、3位のグレースポー上院議員は890万票、この2人を足せばドゥテルテ氏をかなり上回る。

お祭りのごとく張り巡らされた選挙ポスター(著者撮影)

 実際のところ、ロハス氏とポー氏にはこれといった政策の大きな違いはない。ともにエリートの改革派であり、親米であり、どちらもアキノ大統領の路線の継承者を自負している。当初は支持率でポー氏がトップを走っていたが、関係者によれば、ポー氏を副大統領候補にして、ロハス氏と組ませる水面下の説得工作も行われたというが実現することはなかった。これは私の推測だが、当時のロハス氏はかなり低迷しており、ポー氏を降ろしてロハス氏の下につけるのは合理的ではなく、また、もしポー氏が勝ったとしても、それはそれでやむを得ないとアキノ大統領サイドは考えていたのではないかと思える。だから、その一本化工作には、そこまでの真剣味や迫力が感じられなかった。

分裂により漁夫の利を得たドゥテルテ

 しかし、選挙戦最終盤の一カ月になって、ドゥテルテ氏が急激に伸びてきて、ポーを追い抜いてしまった。一方、ロハス氏には上昇の兆しが見られ、ポー氏と並んだ。そこでアキノ大統領は再度、ロハス氏への一本化を、投票日の3日前に仕掛ける。こんどは国民に呼びかける形で「団結」を求めた。言外に示していたのは、ポー氏が降りて、ロハス氏支持を呼びかけるということだが、ポー氏はあっさりとこれも拒否する。それはそうだと思う。ここまで支援してくれた自分の支持者への顔立て、政治家としての一貫性、今回改選されない上院議員なのでまだ任期が残っていることなども考慮したのかもしれない。

 結果的には、ロハス氏は2位、ポー氏は3位となりそうで、その得票を合計すれば、前述のようにドゥテルテ氏を上回る形になっている。もちろん2人の一本化で流出する票も少なくないので、完全に勝利が約束されることはなかっただろうが、ここまでの独走ではなく、大接戦となった可能性が高い。世の中では「ドゥテルテ現象」などと呼ばれたが、実際は、分裂による漁夫の利を得たと形容した方が正確なのではないかとも思える。もちろんドゥテルテ人気が最終コーナーから一気に伸びることは誰にも予想はつかなかった。しかし、やはりドゥテルテ氏勝利の最大原因は、一本化工作の失敗に端を発したと考えるべきである。マニラで話を聞いていると、基本的にアキノ支持者で、最後までロハス氏かポー氏のどちらに入れるかを迷っている人はかなり多かった。

 アキノ大統領にとっては、在任中に高い支持率と経済成長、安定した対米関係、腐敗対策で一定の成果を上げるなど、歴代大統領のなかでも「レジェンド」と呼べる政権の実績を築いたと自負していたに違いない。そのアキノ大統領にとって、自らの政権の句読点としては苦いものになっただろう。


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