すべては表現につながる
「僕の家は、祖父も父も銀行員という堅い家、堅い思考でして、僕は完全に一家のブラックシープなんです」
どこまでいっても堅実な雰囲気の中で育った別所は、生まれた時から真っ白な中の黒い羊だったのだろうか。高校時代はバレーボール部でスポ根路線、慶應義塾大学では、入学当初は商社を目指して英語の必要性からESS(英語部)に入り、体を動かす英語劇に参加している。そこから大きく方向転換して俳優への道を歩き出したわけだが、予測できる展開に一度ははまりながら、あえてそれを外して生きている印象も受けるのである。
「小学校2年の時にね、学校で同じクラスの女の子が『鶏のトサカは何で赤いんですか』って先生に質問したんです。で、僕は思わず『そんなの当たり前だろう』って呟(つぶや)いちゃった。そうしたら先生が、『別所君、当たり前って何? 世の中に当たり前なんかひとつもないんじゃないかな』って言ったんです。それがガーンと胸に突き刺さって、先生の言葉が耳から離れなくなってね。どうもそれから、当たり前を疑う性格になったみたいです。あの時のことは忘れられないですね」
思い込みやすい自分の発見と、当たり前なんか世の中にないという衝撃の指摘。ひと言がその後の生き方の軸を定めてしまうことがある。普通や無難に流れそうになると内なる針が反発して、これでいいのか? 本当にそうか? という方向に振れる。そんな別所は、小2のこの瞬間に生まれたのかもしれない。
英語力向上のために始めた英語劇で演劇の面白さに夢中になり、英語と演劇が逆転し、在学中にミュージカル「ファンタスティックス」で俳優としてデビュー。当然ながら、堅実を旨とする父は安定の対極のリスキーな選択などありえないと反対したけれど、自分に正直に生きる道を選んだ。
「高校でバレーボールをやってたのに、レオタードでバレエのレッスンですからね。人前で踊ったり歌ったりもやっぱり最初はこっぱずかしかったけど、自分の感情を解放して本気で表現することで人に何かが伝わっていく面白さのほうが断然勝ってましたから」
俳優としての別所哲也は、「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」など数々の代表作をもつ舞台はもちろん、映画、テレビと演技の場は広がり、劇画を生み出した辰巳ヨシヒロの世界を描いたエリック・クー監督作品「TATSUMI」ではひとりで6役の声を演じ分け、声優としても注目されている。さらに、素の自分でリスナーと向き合うラジオ番組のナビゲーターとして、10年もの間、J-WAVEで月曜から木曜の朝6時から9時までの生放送を続けている。そして今春からは、BS11で「報道ライブINsideOUT」のメインキャスターも務めている。