2024年4月16日(火)

ACADEMIC ANIMAL 知的探求者たち

2009年12月20日

白隠禅師法話全集

 このとき刊行したのが、初めての本格執筆作となった『白隠禅師法話全集』。平成11年から、2~3カ月に1冊のペースで、全14冊書いた。白隠は禅僧だから、とうぜん禅の本だけど、江戸時代のさまざまな要素が入ってる。今は江戸学というのが盛んだが、そういう手法も必要なんだ。白隠をやるには、禅の研究だけしててもだめなんだ。

 それまでの白隠研究書は、あたりまえのことなんだけども、これを宗教の書として扱っていた。だから、もっぱら仏教学、禅学、禅宗史学の方法や観点から解析しているわけだ。しかし、白隠が書いたものを丹念に見ていくと、あらゆるものが混在している。その時代の流行、民俗、芸能、そしてそれ以前の古典文学、伝承などなど。国文学、民俗学、美術史、政治史等々、あらゆる視点から、その特徴を解明せねばならんとわかってきたんだ。だから、若いころ目的もなしに読みあさっていた、江戸時代の考証随筆なんかが、ずいぶん役に立つんだなあとはじめてわかったんですよ。

●白隠に出会ったのはこのときが初めてですか?

――初めて出会ったのは18歳の頃、お寺にいたとき。毎朝、お経を読むときに「白隠禅師坐禅和讃」というのを読む。それで初めて白隠禅師の名前を知ったんだ。そのころ、白隠の著作を一、二読んだこともあったが、どうにも好きになれんかった。だいたい誰かが解説したりしたものだったけどね。

 今から思えば、それは白隠そのものを読んでいたんじゃなくて、誰かが白隠について書いたものを読んでいただけなんだ。つまり、その誰かさんの解説を読み、誰かさんの頭で考えていたわけだ。それで、面白くないと思ってたんだが、それは誰かさんの説が面白くなかったということだ。やっぱり、自分の眼で見て、自分の頭で考えなくちゃいかん。こんなあたりまえのことに気づくのに、何十年もかかった。

●白隠に対する考え方は具体的にはどんなふうに変わったんですか?

――お寺で毎朝読むお経の中に、白隠がしきりにとりあげる「四弘誓願」(しぐせいがん)という短いお経がある。どの宗旨でもよく唱えられる、いわば大乗仏教の基本だ。

衆生無辺誓願度
煩悩無尽誓願断
法門無量誓願学
仏道無上誓願成

 これを毎日3回くりかえして唱えていたんだ。字面を見たら何となく意味はわかるでしょう。
(1)生きとし生けるものは無限にいるが、それをすべて救います、
(2)煩悩は無限にあるが、これをすべて絶ちます、
(3)学ぶべきことは無限にあるが、これをすべて学びます、
(4)仏の道は限りなく高いが、これを実現します、
ということ。こんな大それたこと、でっかい声でよく読めたもんだなと思って、若い自分はできるだけ小声で唱えていた。

  「四弘誓願」を、白隠は順番を入れ替えて説明しているんだ。まずは、すべて救っていこうという願心をおこすこと<(1)衆生無辺誓願度>。その下化衆生のためには、真理の教えを説いていかなければならない。そのためにはまず勉強しなさい。それを自分のものにしなさい。禅だけでなく仏教すべてを学びなさい。仏教だけでなく、それ以外の学問も学びなさい<(3)法門無量誓願学>。そうやっていれば、煩悩がわくひまなんかない、と<(2)煩悩無尽誓願断>。これを永遠に続けていけば、必ずや仏道が成就されるのだ、と<(4)仏道無上誓願成>。つまり、(1)(3)(2)(4)という順番で説明しているんだ。

 最近になってやっと、ああ、そういうことかと納得したね。じつはこのことは、山田無文老師も言っておられて、わしも目にはしていたんだけど、納得するまではいかなかった。バカは、自分で合点がいくのに時間がかかるんだよ。


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