2024年4月24日(水)

オトナの教養 週末の一冊

2016年7月28日

 〈世界には命の危険を冒してでも、海を渡ることを熱望する人がいる。彼らが、命と引き替えにしてまでも手に入れたいものとは何なのだろう。このテーマを探ってゆくことで、世界の抱える問題の一端が見えてくると私は直感した。〉

 〈移民問題を集合体や群れで把握するのではなく、一つのケースを掘り下げ、一人の人間を描くことで、この問題はきっと、実態を伴った現実感覚のある課題として浮かびあがってくるはずだ〉

 そこから著者の粘り強い、各方面への取材が始まる。その動きが本書に活写されている。一つ一つが映画を見ているように展開してゆく。最初こそ、スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)の公権力に基づいた捜査の網にかかる情報に依拠しているが、その後の著者の深い背景取材は、警察情報をはるかに凌駕し、一歩一歩全体像を明らかにしてゆく。これがイギリスや欧州のメディアならまだわかる。それに日本の特派員が挑戦したことに大きな意義がある。

アフリカ人にとっての欧州

 亡くなった青年のズボンのポケットの隅に残されていた一つの小さなSIMカード。これが彼の身元を特定し、悲劇的な事件の背景を明らかにする手がかりとなってゆく。そこに残されていた通話記録の先にいたのはスイスに住む、きちんとした英語を話す金髪の白人女性だった。青年とこの女性はどんな関係にあったのか? ロンドン、ジュネーブ、モザンビーク、アンゴラといった欧州とアフリカの都市や国がいくつも登場し、点と線で結ばれてゆくわけとは? 詳しい内容は本書でじっくり読んでいただきたいが、スリリングなストーリー展開は読んでいて息をつかせない。そこに描かれているのは複雑な事情を持った男女の物語であると同時に、欧州とアフリカの間に横たわる悲しいほどの経済的格差の現実である。


新着記事

»もっと見る