ロンドン・ヒースロー空港に程近い住宅地の路上で一人の黒人青年の死体が見つかった。どうやら上空を飛ぶ飛行機から墜落死したらしい。所持品はわずかな現金と携帯電話のみで、身元を示すものはない――
『空から降ってきた男 アフリカ「奴隷社会」の悲劇』(小倉孝保著 新潮社)
こんなニュースに接した時、自分ならどうするか。着陸間際の飛行機から乗客や乗員でない人間が落下するという異常な状況。主脚の格納部に潜んでいたらしいという警察当局の見方。自分も記者として「どうしてこんなことになったのだろう」という疑問は自然とわいてくる。
しかし、男性は日本人ではない。日本との密接な関係もないようだ。自分もロンドン特派員を経験したのでわかるが、特派員は当然ながら目先のニュースが最優先である。担当する国の政治や経済、そして日本に関係する事案にまずは注力する必要がある。それゆえ、それ以外のニュースの優先順位は下がり、よほどのことがない限り、その後も深入りすることはあまりないだろう。記者の力量に左右される部分も大きいが、おそらく自分だったら、この事件は気になりつつも、ここまで深い取材はできなかっただろう、と正直思う。
一人の人間から移民問題を描く
しかし本書の著者は違った。BBCテレビが報じた「1947年以降、旅客機の主脚格納部に潜んで不法入国しようとしたケースは米連邦航空局(FAA)が把握しているだけでも全世界で96人。亡くなったのはそのうち73人」――というデータにひきつけられる。そしてこう思い至る。