「92年コンセンサス」(いわゆる「一つの中国の原則」)を受け入れない限り、中台間の接触・交流を停止するとの中国の方針は、蔡英文政権の成立以来変わっていません。この状況がいつまで続くのか予断できませんが、ティエッツイの言う通り、これが危険な状況であることに変わりはありません。
中国の言う「接触・交流の停止」とは、窓口機関(台湾側・海峡交流基金会と中国側・海峡両岸関係協会)同士の交流の停止を意味するのか、あるいは、事実上の両政府間(台湾側・行政院大陸委員会と中国側・国務院台湾事務弁公室)の交流の停止を意味するのか、判然としません。
一つの中国
これまで、8年間の馬英九政権下では、これら双方のチャネルを通ずる交流が、かなり頻繁に行われるようになっていました。しかし、それ以前の陳水扁政権下では、「92年コンセンサス」の存在を台湾側は認めていなかったのですが、窓口機関の間で時折、接触・交流が行われていました。「92年コンセンサス」という同床異夢の概念に合意することによって、中国としては、なんとか台湾を「一つの中国」という大枠の中に縛り付けておきたいところでしょう。しかし、この概念がいかに曖昧で不明確なものであるかは、昨年11月のシンガポールにおける習近平と馬英九の首脳会談によって如実に示されたところです。台湾の民意はこのような中国側の思惑を認識した上で、蔡英文を総統に選出したのであり、台湾当局としては、すでに最近の中国の主張をある程度、織り込み済みでしょう。
蔡英文自身の対応は、中国の主張(「一つの中国の原則」)をそのまま受け入れることなく、同時に92年に中台間で会談がおこなわれたという「歴史的事実を尊重する」としつつ、中国側の主張に一歩あゆみよった姿勢をとっています。ただし、中国から見れば、これだけでは全く不十分ということになります。
米国在台湾協会(AIT)のバガード理事長は、総統として初の外遊となるパナマ運河拡張工事記念への参加の途次に米国に立ち寄った蔡に対し、「自分たちの理解では『92年コンセンサス』なるものはそもそも存在しない」と明言しました。米国の中台関係への対応が最近、大きく変わってきたことは注目すべき点です。バガードの発言内容は当然のことですが、米国関係者はこれまで「92年コンセンサス」を支持するとの中国寄りの発言をしがちでした。
中国の台湾への政策は、これからも武力を背景とする威圧的言動を含め、硬軟両様にわたって行われるでしょう。中国から台湾への観光客を激減させること、貿易・投資面で台湾企業に不利な扱いをすること、人的往来などの面で蔡政権をけん制することなどは十分に考えられます。中国にとって「核心的利益」の筆頭である台湾問題について、何も行動しないという選択肢は考えられません。ただしその際、中国としては下手をすると、台湾の民意が中国からさらに離れていくというジレンマに直面せざるを得ないものと思われます。
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