2022年12月3日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2016年8月30日

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城山英巳 (しろやま・ひでみ)

北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院 教授

慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社に入社。計10年の北京特派員を経て2020年から現職。ボーン・上田記念国際記者賞受賞。早稲田大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了、博士(社会科学)。著書に『天安門ファイル』(中央公論新社)、『マオとミカド』(白水社)など多数。

 中国・王毅外相が8月23日、日中韓外相会談に出席するため来日した。駐日大使も務めた中国「日本通」の代表ながら、来日は2013年3月の就任後初めて。尖閣諸島や靖国神社参拝などをめぐる日中緊張はあったが、3年半も訪日しないのは異常事態だった。しかし折しも8月5日から尖閣諸島周辺に大量の中国公船や漁船が押し寄せ、日中関係の緊張が増す中での来日となった。東京で積極対日外交を展開するという「豹変」の裏には、習近平政権の「外交失点」に伴い国際的孤立がこのまま続けば、習近平国家主席は自らが議長を務める杭州G20(20カ国・地域)首脳会議に影響を及ぼしかねない、という危機感があった。

王毅外相(GettyImages)

「強国外交」実践者

 「王毅さんはどうしちゃったんだろうね」。王毅を知る日本の外務省幹部や東京の日中関係筋はここ数年、口をそろえるように話す。

 習近平が国家主席に就任した13年3月に話を戻そう。全国人民代表大会(全人代)を前にして共産党関係者は「あなたたち(日本人)が望んでいる人が外交部長(外相)になるだろう」と明かした。日本政府による尖閣諸島国有化に対して中国政府が大反発し、日中関係は「戦後最悪」とまで言われた時期だった。

 「王さんは日中関係改善に尽力してくれる」という日本側の期待に反して外相に就任した王毅が神経を尖らせたのは「国内」「党内」だった。王は「日本通」としての弱みを熟知していた。日本通だからこそ、日中関係が悪化する中で日本にむやみに接近したり、親日的な発言を行ったりすれば、「売国奴」と批判されやすいからだ。

 筆者は、就任して1年が経ち、初めて全人代での内外記者会見に臨んだ際の王毅の言葉が忘れられない。

 「100年間の屈辱の歴史は、永遠に過去のものになった」

 外交の責任者として習近平が掲げる「強国外交」の忠実な実践者となった。習近平が掲げる政治スローガン「中国の夢」では、アヘン戦争(1840〜42年)以来、中国が受け続けた屈辱の近代史をことさら取り上げ、「中華民族の偉大な復興」を目指している。「偉大な復興」の過程にある共産党は、ついに日本を抜く経済大国になり、自信を付けた国民の間に、愛国主義という名の「愛党主義」を盛り上げようとしている。「屈辱」を晴らすための対象にするのは抗日戦争を戦った日本であり、習近平体制にとって尖閣問題で妥協の選択肢はない。国民の多くも、外相にも強気の外交を要求しており、王毅の「屈辱の歴史は過去」発言には「中国はもう国際社会からばかにされない」という強い決意が込められている。

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