好き嫌いがはっきりと分かれる食べ物と、そうでもないものがあるように思う。例を挙げたが分かりやすいか。たとえば、シソなら、好きも嫌いもない、ふつう、という感覚があるだろう。が、香菜〔パクチ〕なら、好きか嫌いかしか、ない。そんなことだ。
香菜に並ぶ、好みがはっきりと分かれる食べ物が、鮒鮓〔ふなずし〕である。
人によっては、腐っていると思うらしいが、私など、好きでたまらない。特に、卵たっぷりの部分を酒の肴とした後、頭と尻尾を包丁で細かく叩きつぶし、塩昆布と一緒に熱々のご飯の上にのせた、お茶漬けがたまらない。乳酸発酵の酸味と旨みが昆布の旨みとハーモニーを奏でる、お茶漬けの至福である。
で、普段はこれでも読者諸氏に気を遣って(?)、自分だけの趣味に走らぬようにしているのだが、たまにはわがままも許してもらえるかと鮒鮓の旅へ出た。
そうそう。好き嫌い以前にご存じない向きもあるかもしれない。鮒鮓は琵琶湖のあたりにいるニゴロブナというフナを塩漬けにした上で、炊いたご飯も一緒に密封して1年、2年と漬けた馴鮓〔なれずし〕である。スシの古いかたちを、今に残す保存食である。
おそらくはメコン川中流域で生まれ、稲作と共に灌漑用水や水田でとれる小魚を保存食とする術として発達し、日本にも伝わったらしい。
そこから、糀〔こうじ〕を使って短期間で発酵させるイズシのようなものとなり、やがては酢を使って酸っぱくする、いまのようなスシとなるのだが、そのあたりの話は別の機会に。 一つだけいえば、スシは「酸し」である。あまし、うまし、にがし、すしのすし、である。そして、タイの馴鮓も、プラ・ソーム。酸っぱい魚の意である。御本家の名付けの発想も同じ。
そのスシの原型を美味しく食するために、訪ねたのが「徳山鮓〔とくやまずし〕」。北陸本線で琵琶湖沿いに進んだ北の端、余呉湖のあたり。名前だけ見ると、寿司屋のようだが、鮒鮓などを作る料理屋であり、少人数なら宿泊もできる、和風のオーベルジュのようなところだ。
ここの鮒鮓が美味しいと食いしん坊仲間に教えられ、訪ねたのだが、いやはや。
鮒鮓は言うまでもない。食べたことがあって、嫌いという向きは、多分、食べたものが悪かったのだと誤解を解かれるに違いない。