野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2016年10月15日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

 もちろん、南シナ海問題で米国と一線を画したアプローチを取ろうとしているのは、中国から経済援助や投資を引き出し、好景気が続くフィリピン経済のなかでも比較的出遅れている南部など地方活性化に役立てたいという思惑も当然あるだろう。

 ドゥテルテ大統領の本拠は南部のダバオではあるが、そもそもの生まれはレイテ島で、レイテ島はイメルダ夫人一族の影響力が強い地域である。そして、ドゥテルテ大統領の父親はマルコス時代の閣僚でもあった。

マルコス大統領の遺体問題

 そんなドゥテルテ・マルコス関係の近さを感じさせる問題が現在進行形で起きている。それは、マルコス大統領の遺体の埋葬問題である。ドゥテルテ大統領はかねてから「マルコスは最高の大統領だった」と語っているなど、マルコス元大統領への敬愛を隠してこなかった。そこには、なおフィリピンで隠然たる勢力を持つマルコス勢力を取り込む思惑もあるはずである。

 ドゥテルテ大統領は今年のマルコスの命日に、その遺体を、独立戦争で犠牲になるなど国家に貢献した人々をまつっているマニラ郊外の英雄墓地に移設する考えを明らかにした。現在、マルコスの遺体はルソン島北部の北イロコスにあるマルコス記念博物館にある特設霊廟に冷凍保存されている。マルコス一族や地元の支持者は英雄墓地への移設を願っているが、マルコスの歴史的評価をめぐってはフィリピン内部でも考え方が二分されており、死後27年経ても英雄墓地への移設ができるかどうか結論が出ていない。

 ドゥテルテ大統領が打ち出した移設方針に対して、マニラでは「マルコスは英雄ではない」と主張する人々が街頭デモを行うなど、フィリピン各地で反発は広がっている。一度は9月18日の移設が決まったが、その後、反対側の差し止め提訴を受けて最高裁の判断で10月18日までの移設凍結が決まった。その期限も近づいてくるなかで、ドゥテルテ大統領がどのような決断を行うかはまだ分からないが、もし移設を強行した場合、ドゥテルテ大統領のマルコスへの心情のありようがいっそう明確にされる形になるだろう。

 歴代のフィリピン大統領は、ピープルパワーによる1986年のエドサ革命以来、アキノ一族に代表される洗練された親米エリートの主導で行われてきた。今年5月の大統領選でドゥテルテ大統領が戦ったのはロハス氏やポー氏らいずれもマニラのエリートである。地方出身で家父長的な「鉄拳」を売り物に彼らを打ち倒したドゥテルテ大統領にとって、統治のモデルにできるのは、同じ地方出身で「強い男」を売り物に一世を風靡したマルコス元大統領なのであろう。今後、ドゥテル大統領の「マルコス化」がどこまで進むかは注目に値しそうだ。

  
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