「江沢民時代が懐かしいと思っている知識人は多いですよ」――。
思わずこう漏らすのは、北京のある知識人だ。しかしこの言葉は、彼一人の考え方ではなく、中国では開明的な知識人、人権派弁護士、調査報道で社会矛盾を掘り起こそうとするジャーナリストの共通認識となっている。
北京の中国人記者はメディア規制について筆者にこう語った。
「(親民政策を取る)胡錦濤がトップになれば、江沢民時代より良くなると思ったが、胡時代になってより厳しくなった。江時代なら政府と民衆の問題について報じることができたが、今は厳しい。それは国家の安定を重視しているからだ」。
共産党一党独裁を批判した「08憲章」を起草し、国家政権転覆扇動罪に問われた反体制作家・劉暁波氏に対する懲役11年という想像を絶する重い判決を下したのも、人権・民主問題では譲歩しないという胡政権の断固たる姿勢の表れである。
胡錦濤国家主席は一体、何に恐れて、ここまで強硬姿勢を貫くのだろうか――。
オバマメッセージを消した
南方週末事件
2009年11月、オバマ米大統領は中国を訪問したが、法律を武器に社会的弱者の権利擁護活動を展開する北京の人権派弁護士を失望させたことがあった。金融危機の克服など地球規模の課題で中国との協調を優先した大統領が、胡主席らと会談した際、人権問題を「封印」したことだ。その一方でオバマ氏は北京滞在中、人権・民主問題を重視する姿勢を示そうと2つのことを試みた。
1つはよく知られた、中国紙『南方週末』との単独インタビューだ。オバマ大統領が選んだのは、国営新華社通信、共産党機関紙・人民日報や中央電視台(CCTV)でもなく、独自の調査報道で幅広い読者を獲得した南方週末だった。
インタビューを終えた大統領は、同紙編集長に「南方週末と読者の皆さんへ」との直筆メッセージを託した。
「見識を持つ民衆は、健全な政府にとって重要であり、報道の自由は、見識ある民衆を育てるのに貢献する」
南方週末には翌11月19日付の1面に「オバマ独占インタビュー」との見出しが出たが、2面に新味のない内容の大統領のインタビュー記事が掲載されただけで、どこにも直筆メッセージは見当たらない。その一方、1面の下半分は白紙になっており、小さい文字で「誰もがこれで中国を理解できる」と書かれていた。宣伝当局がメッセージの掲載を禁止したからだった。