松本さんが全面的に工事を請け負う代わりに、その後の賃貸料はなし。工事にかかる材料費の一部を池上さんが負担することで折り合った。「壊す費用よりも少なくて済んだ」と池上さん。契約期間は少なくとも10年間。とりあえず修復して終わり、というのではなく、長期にわたってアートハウスとして使い続ける「コミットメント」を結んだのだ。
「松本さんや伊永さんは、芸術作品というのは触媒で、もっと大事なのは、それを見に来た人同士のコミュニケーションだと言う。人が集まる場を作りたいという彼らと、いわばケミストリーが合ったんです」
そう池上さんは振り返る。
カウンターバーが必要なワケ
2015年に着手した大改装は2016年夏には何とか形になった。
「床の間の明りとりの木の彫刻など、非常に丁寧な仕事がしてあります。これを壊してしまうのはもったいない、と見た瞬間に思いました」と松本さん。階段も付け替え、壁も抜いて部屋を広くする一方、耐震強化にも気を配った。茶室は残念ながら朽ちていたので壊し、土蔵も傾きを補強した。
「庭を掘ったら立派な池の跡と、滝の石組みが出てきました」と目を輝かせる松本さん。誰に頼むことなく、自分ひとりの力で作業を続ける。とりあえず展覧会ができる場所を確保しただけで、全体が完成するのはまだまだ先だ。
入り口を入った正面、土間だった場所には床が張られ、長い木製のカウンターがしつらえられた。家の改修の企画を受け持つ伊永さんはこう語る。
「作家そのものを知る画廊です。居心地が良くなければ人は集まりません。だから、まずはバーカウンターが必要だったんです」
池上邸を使って個展を開く作家と、それを見に来た美術愛好家が、バーカウンターで酒を飲むという趣向である。