1972年の「上海コミュニケ」の中ではじめて表現された米国の「一つの中国政策」を今日の現実に合うように変えるべきであるとの主張です。トランプ大統領がツイッターで「『一つの中国政策』は交渉次第である」と述べたことと軌を一にしています。
曖昧な同床異夢
「一つの中国政策」とは、もともと曖昧な同床異夢の上に成りたった概念です。中国はそれを「台湾は中国の不可分の一部」を意味するものと主張します。米国も日本も中国の主張に相当の歩み寄りをみせつつも、米国は「中国の主張を認識する」というにとどめ、日本は「中国の主張を十分理解し、尊重する…」というにとどめ、中国の主張を承認したり、合意したりしていません。
この同床異夢の概念が成立したのは、ボルトンの言う通り1970年代の冷戦期です。さらに、その後40数年の間に、台湾人のもつアイデンティティー意識は、各種アンケートが示すとおり、「自分たちは中国人ではなく、台湾人である」との意識が着実に強まってきました。
米国はこれまで、中国の主張する「一つの中国政策」の解釈について、直接的に異議を唱えることなく、そのまま受け入れることが多く、そのため、知らず知らずのうちに中国の解釈に屈してきたという、ボルトンの指摘はその通りです。
トランプの対中政策のうちでは、為替・関税操作、南シナ海問題、「一つの中国政策」の3分野が主たる注目点です。トランプが、いずれかの分野で中国が妥協すれば、他の分野での要求をとりさげるというような取引材料としてこれらを使おうとしているのか、依然として判然としないところがあります。
今日までの中国の反応を見る限り、いずれの分野に対しても中国はトランプの批判に対抗する立場をとっていますが、この3分野の中では「一つの中国政策」に対して最も強硬な態度をとっているように見えます。中国外交部スポークスマンは、「台湾問題の高度な敏感性を十分認識し、『一つの中国原則』に基づき政策を継続するよう促す」との趣旨の発言を行いました。
そのような中国の対応から見る限り、「一つの中国政策」の見直しを主張するトランプやボルトンの主張は、中国にとって最も痛いところを突くものなのでしょう。これまで、各国が中国と対話するうえで、一種のタブーのように扱われてきた「一つの中国政策」をトランプがいとも簡単に破ったことに中国としては内心、恐慌をきたしているに違いありません。
ボルトンが指摘するように、「台湾関係法」を持つ米国は、台湾への防御用武器を台湾に売却できる仕組みをもっています。ボルトンは「台湾関係法」の文言を優先して、国際法の「事情変更の原則」により、米軍の一部を台湾に再配備することを提案しています。この点については、専門家の間においてもいまだ議論されていない点であり、そう簡単に実施に移されるとは考えられません。ただし、このような議論が米国内で行われるようになったということ自体が、中国牽制の意味を持つものと考えられます。
台湾の蔡英文政権は、「一つの中国政策」をめぐる米中間の対立の中に「台湾カード」として巻き込まれることを避けるため、目下のところ、本件を静観するとの基本的姿勢を維持しています。中国は、空母「遼寧」を台湾島の周辺を一周させた他、サントメ・プリンシペの台湾承認を中国承認に切り換えさせ、トランプ就任式に出席した台湾代表団を威嚇したりしています。
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。