2024年11月22日(金)

ヒットメーカーの舞台裏

2010年5月24日

i-stop搭載のマツダの主要車・アクセラ

 信号待ちなどの際にエンジンを自動停止−再起動させる装置で、燃費を1割向上させた。路線バスではおなじみの装置だが、ガソリンエンジンの乗用車では使い勝手が悪く、なかなか普及しなかった。2009年6月にマツダの主力乗用車「アクセラ」に採用、当初「i-stop(アイ・ストップ)」の搭載比率は3割程度と見ていたが、半数に達した。その後、ミニバンの「ビアンテ」で、約8割が搭載モデルに。簡素でローコストな省燃費技術としてユーザーの支持は急上昇中だ。

 アイドリングストップ装置は、停止状態からのエンジン再起動時に、いかにドライバーに違和感を与えないかが普及への課題だった。カギは再起動時間の短縮である。0.4秒を超えるとドライバーはストレスを感じやすいとされるが、「アイ・ストップ」の場合は0.35秒にした。

アイドリングストップ装置 i-stop(アイ・ストップ)

 商品化を先導したのは、プログラム開発推進本部主査の猿渡健一郎(45歳)。1987年の入社以来、米国オフィス駐在時期を除き、一貫してエンジンの企画・開発を担当してきた。猿渡がアイ・ストップ搭載用のユニークな新開発エンジンを研究所から紹介されたのは05年だった。

 燃料を直接、シリンダー(燃焼室)内に噴射する「直噴」方式のエンジンだ。ここまでは一般的な技術だが、停止後の再起動がスタータモーターを使わず、燃料を噴射するだけでできるという世界でも例のない技術を確立していたのだった。エンジンが停止する際に、ピストンの止まる位置を制御することで、スタータを使わずに素早い再点火を可能にした。

 猿渡に、このエンジンを使ってアイドリングストップ装置の商品化を進める任務が発令されたのは07年初めだった。10%の燃費向上を目標にした開発が本格化したが、この年の秋に猿渡は苦渋の決断を下す。

 スタータなしでの再起動というこのエンジン最大の機能を見送り、再起動にはスタータを使うことにした。燃費性能に問題があったからだった。スタータを使わない場合、再起動に備えて停止前のエンジン回転数を高めにする必要があり、燃料を多めに消費する。燃費改善は8%程度にとどまった。

非難の嵐にさらされた苦渋の決断

 「マジックのようなこの技術を君は捨てるのか」。研究部門からはゴウゴウと非難された。だが「手段が目的となってはならない」と、譲らなかった。商品化過程で「もっとも苦しかった」時期であり、「生来、楽天的」という猿渡だが、ある日娘さんから円形脱毛を発見されたのもこのころだった。

 開発チームには当初からこのエンジンに携わってきたメンバーもおり、落胆は痛いほど分かった。猿渡は、素早く再起動する技術が継承されることや、商品化にはユーザーの違和感や不安感を除去するという大きな仕事が残っていると訴え、メンバーを鼓舞した。08年5月には正式に商品化が承認されたが、1年後の量産化が迫っており、最終的な熟成化には実質半年を残すのみだった。猿渡はここで、アイ・ストップの商品化に全社を巻き込む作戦に出た。「燃費改善はエンジン屋の仕事」という風潮のなか、これまでになかった技術を短期間で熟成するには、工数不足の問題だけでなく「さまざまなユーザーの視点が不可欠だった」からだ。


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