元々、国全体でアイルランド語を話していたにもかかわらず、英語が主流となった背景は17世紀にまで遡ります。その頃からイギリス人の入植と植民地支配が始まり、初めは入植者とのコミュニケーションのために、一部の人たちが英語を使用しているに過ぎませんでした。その後、ジャガイモ飢饉でアイルランド語を話す多くの人々を失ったこと、学校での英語による授業の実施、イングランドへの出稼ぎ、さらには英語を習得することが経済的優位性に繋がるなどの複数の要因により、英語がコミュニケーション言語の主流になったという歴史的経緯があります。
――第1公用語であるアイルランド語を、毎日使っていないにせよ、多くのアイルランド人はどの程度アイルランド語を話すことが出来るのですか?
嶋田:英語を学校で習っても、日本人がみんな英語を話せるわけではない状況に似ているところがあります。政府は、民族の言葉の継承のために小中高等学校でアイルランド語の授業を行っています。その中身は詩や物語が中心です。アイルランド語には豊かな文学の歴史がありますから。しかし、アイルランド人は「小学校からアイルランド語を学んでいるのに、ポエムばかり読ませるから、話せない」と愚痴をこぼします。日本人が「文法ばかり教える日本の英語教育が悪いからいつまでたっても英語が話せない」と言うのと似ていますね。また、アイルランド語の文法は、英語を話す彼らにしてみればフランス語よりも難しいわけです。もちろん授業となると成績がつきます。成績が悪いと、アイルランド語自体を嫌いになってしまうこともあります。この点も、日本の英語教育と似ていますね。
ただ、アイルランド語を話せたとしても、彼らには話す場所がないのが実情です。アイルランド語使用地域として政府が指定し、経済的支援などのサポートをしている「ゲールタハト」へ行っても、みんな英語を理解出来ますから、アイルランド語で話す必要がないというのがなかなか苦しいところで……。
――しかし、最近ではアイルランド語で授業を行うアイリッシュスクールが人気があると。
嶋田:アイリッシュスクールはゲールタハトだけでなく都市部にもあり、最近人気があります。アイルランド人は、元々、海外へ出ていくのも、また海外から入ってくる人たちへも寛容な国民性なのですが、公立学校に英語もままならない移民が近年増加した結果、英語の補習が行われているという状況が出てきています。そうなると学校の教育レベルが下がると心配する親が一部にはいて、そうした親はアイリッシュスクールに子どもを通わせています。
――ゲールタハト以外に、政府はアイルランド語保護のために、どのような政策を打ち出しているのでしょうか?
嶋田:例えば、小中高等学校では教科としてアイルランド語の授業を行い、日本のセンター試験に相当するテストでアイルランド語で書かれた問題を選ぶと、点数が10パーセント上乗せになったり、アイルランド語使用地域であるゲールタハトの学校に勤務する教員には特別な手当が支給されたりします。
また、道路標識は英語とアイルランド語が併記され、テレビのニュース番組でも特定の時間はアイルランド語で放送しています。しかし、アイルランド語を聞き流して理解できる人は多くありませんから、番組では英語の字幕が助けになります。